2016/03/05

すごくないことをすごい感じにする技 ―― 『団子売』歌舞伎座

今月の歌舞伎座は雀右衛門襲名口上がメインのようだが、私のお目当ては昼の部最後の『団子売』である。

この演目、舞踊なのだが、そもそも団子売をする夫婦の睦まじさのようなものを踊りで描くという、なんだかよくわからない話なのだ。

だが、この夫婦、軽快なテンポで持参した臼と杵で団子をこしらえ、最後のほうではお面で楽しく踊るのである。

歌舞伎ではよく、こういう(言い方は悪いが)どうでもいいテーマや風景を舞踊化してしまうことが多い。

何気ない日常、ありふれた普通なもののある一面を切り取って、それを「美」に変える――これが歌舞伎のすごい所なのだと思う。

他の演劇にこういった「美化作用」はあるのだろうか。おそらく、歌舞伎だけのものなのではないだろうか。

歌舞伎から学ぶべきことの一つは、こういった「ありふれた光景をすごい感じに仕立てあげる」ことだと思う。

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2015/01/08

「守るべきもの」がない人たち ― 『石川五右衛門』(新橋演舞場)を見て

正月早々一日で、昼は歌舞伎座、夜は新橋演舞場、というスケジュールで観劇した。観劇時間はトータルで8時間。めちゃくちゃ充実した一日を過ごせたが、腰とお尻が痛いわ痛いわで大変だった。

何といっても、海老蔵の歌舞伎だ。見ないわけには行かない・・・ということで、私は3日に観に行ったのだが、その日は偶然にも、テレビで『市川海老蔵にござりまする』という海老蔵の特集も放映されていた(もちろん、録画して後で見た)。何だかんだ言っても、やっぱり海老蔵は人気なのである。

さて、『石川五右衛門』の感想だが、まず、ストーリーが無茶苦茶である。もう何でもありじゃねえか、とツッコミを入れたくなる。が、やっぱり面白い。見ていて全然飽きない。「おっ、ここでいっちゃう?!」「キター!!」「よおし!いっちまええ!」などと私は一人で盛り上がっていた。

以前の記事でも書いたが、歌舞伎というのはストーリーよりも、「歌舞伎」という名の「演出」が最大のウリであり魅力なのだ。だから、たとえストーリーに無理・矛盾があっても、正直、「まあ、歌舞伎ってそんなもんだよね」程度で腑に落ちてしまうのである。現代のテレビドラマに「論理性」や「整合性」は求めても、歌舞伎には求めようがないのだ。

ところで、歌舞伎には、「粋な人」たちというのがよく出てくる。

粋――ここで辞書的な定義を述べても仕方ないが、簡単に言ってしまえば「内面(気遣いや思いやり)も外面(身なりや外見)も格好いいこと」といったところだろうか。

そういう「粋な人」たちというのは、何というか、人生において「守るべきもの」がない。言い換えれば、何かに己の人生を縛られていない。どこから小突かれることもない。

一方、現代人には「守るべきもの」が多すぎる。職、地位、家庭、お金、住宅、自分の時間――どれか一つでも不安定だと我々は毎日鬱々と生きざるを得なくなってしまう。

歌舞伎に出てくる格好いい人たちは、なぜ「粋」でいられるのか――それは結局、「守るべきもの」がないからだと思う。彼らには、間違ったり失敗したりしても、これといったダメージがない。劇場で会う彼らは、いつも飄々としていて、自由奔放で、それでいて皆からの人気者だ。羨ましい限りではないか。

人は、「守るべきもの」が多すぎると、つまらなくなる。守ってばかりで攻められないから、どんどん萎縮していくのだろう。守るべきものを多く抱えて人生を生きるというのは、文字通り、保「守」的に生きることに等しい。そこには、良い意味での「スリル」がないし、「野望」もない。「アヴァンチュール」なんて言葉とも無縁な世界だ。あるのは、先への不安と怯えだけである。こうなってしまっては、もはや「粋」の反対、「野暮」よりも深刻な、ある種の「病気」だとさえ思えてしまう。

わたしが歌舞伎観劇をやめられない大きな理由のひとつは、この「守るべきものがない、歌舞伎の粋な人たち」の豪快さにあるのかもしれない。「粋」に生きるのがあまりにも難しくなった現代人には持っていない独特の魅力を、「彼ら」はしっかりと握りしめているのだから。
2015/01/04

【歌舞伎座】壽初春大歌舞伎【昼の部】



2015年1月3日。七之助と玉三郎見たさで観に行った、初春の歌舞伎座、昼の部。相変わらずの感想だが、「ああ、綺麗だなあ」の一言に尽きる。

まずは『金閣寺』より、七之助の時姫。本当にイジらしい。わたしは、オペラグラス越しでボーっと「彼女」を眺めていた。

続いて『蜘蛛の拍子舞』より、玉三郎の女郎蜘蛛の精。本当にスゴイ隈取だ。あんなのが夜中に出てきたら、腰を抜かすのは必至だろう。それにしてもまあ、よくあんな恐ろしい隈取を考えついたものだ。昔の人はスゴかった。

最後は『一本刀土俵入』より、魁春のお蔦と幸四郎の茂兵衛。この作品、正直な所、新歌舞伎とあって期待はしていなかったのだが、見終わる頃には涙が出そうになってしまった。この二人の演技に、すっかりはまってしまい、終わり際、もはや魁春が「お蔦」に、幸四郎が「茂兵衛」にしか見えなくなっていた。と同時に、「“一本刀”“土俵入”ってそういうことだったのね」と一人で納得。

――ここでいつも思うことなのだが、歌舞伎というのは、「ストーリー」よりも役者を含めた「演出」を楽しむ芸能なのではないか。

隈取という演出、男が「女」になりきるという演出、見得という独特なストップモーションの演出、花道という演出、ツケ打ちという演出、鳴物(BGM)という演出、廻り舞台という演出――この演劇を「歌舞伎」にしているのは、こうした演出「たち」だ。

演出が印象深いと、極端な話、ストーリーなんてどうでも良くなる。歌舞伎には似たようなストーリーの演目が少なくないが、それぞれ演出の仕方や仕掛け方が違っているので、たくさん見ようとも飽きない。

同じ演目でも、演じる役者が変われば、それだけで違う演出になってしまう。また、美術や照明を担当する人も変われば、然りだ。これだから歌舞伎はヤメラレナイ。
2014/10/26

思い出に残る落語 ― 芸術祭寄席に行ってきた

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思い出に残る落語だった。おそらく、今日のようなトリの落語を観るのは、これが最初で最後だと思う。

――いよいよ、最後の落語となった。前座がめくり(噺家の名前がかかれた紙)をめくると、出てきた名前は「柳家小三治」の五文字。本日の大主役である。姿を現すと、すかさず「待ってました!」の声が掛かった。

この日、小三治は何と弟子の前座から服を、同じく弟子でこの落語会にも出た柳家喜多八から羽織を借りて出てきた。当人曰く、「忘れた」らしい。もう既にやることが落語になっている。そうか。きっとこういう人でないと、人間国宝にはなれないのだろう。

そんな小三治が、大方まくらを語ると、羽織を脱ぎ始めた。が、なぜか脱ぎっぱなしにして自分の後ろには置かず、きちんと畳み始めた。こんな噺家、正直初めてである。会場からは、予想外の行動に笑いが起こる。

畳みながら喋り始めた。「前座の時、よくこれをやりました」「入門して、最初にやる修行の一つが、羽織を畳むことなんです」少々俯き加減で、そう語っていた。

かと思いきや、しばらく経つと今度は、別の前座時代の話が始まった。「よく、師匠からは『芸は盗むものだ』『見て覚えろ』と言われました。今は世の中が、何か言われないと行動できなくなっているでしょ? マニュアル通りに行動するようになってしまっている」無論、小三治だから、こんな若干辛気臭い話でも笑いを取っていく。

長いまくらが終わって始まったのは、「長短」という噺。気の長い人と気の短い人ふたりが出てきて、滑稽なやりとりをするという筋だ。

一通り語り終え、小三治はお辞儀をした。客は皆、ここで「ああ、もう終わりか」と思ったに違いない。私もその一人だった。拍手に包まれ、終わりのお囃子が始まると、突然彼は、お囃子をやる前座に向かって、「ちょっと待って」と止めさせた。客席に向かい「もう少しお付き合いを」と告げたのだ。再び拍手に包まれる。

ここからまた、彼は自分の前座時代の話を始めた。前座の身分でやってはいけない噺をやって、師匠に怒られた話、さきほどやった噺(「長短」)が、前座時代は得意中の得意だったが、今は苦手だという話――。

聞いていて、私はふと思った。やたらと前座時代の話が多いのである。小三治の中で、この前座時代を振り返りたい何かがあるのだろうか。

聞きながら考えていた時、ピンと来た。そう言えば、今日は前座から服を借りていた。もしかしたら、その服を着たことが、自分が前座だった時と重ね合わさっていたのではないか、と。だとすると、今日「長短」という噺をしたのも、それは自分の前座時代を敢えて振り返るためにやったのではないか――

どれもこれも、すべて私の憶測に過ぎない。が、どうにもこうにも、そう思えて仕方がなかった。この「長短」という噺、得意中の得意だったのは昔のことで、小三治は今、「苦手だ」と言う。ではなぜ、その噺を「わざわざ」したのかと考えると、前座時代を思い返したい何かが小三治の中にあったのではないか、としか感じられないのである。

語っている姿は、どこか寂しそうで、どこか感慨深そうだった。私には、そう見えた。「人間国宝」という、芸事の頂点に立った人が、である。否、頂点に立ったからこそ、逆に寂しいのかもしれない。何かを思い煩わざるを得ないのかもしれない。

この間、小三治が人間国宝になった時の会見記事を読んだ。「噺家が人間国宝になると、それまでの入場料が、“拝観料”に変わるのですね」などと言っていたのが、ものすごく印象深かった。言わずもがな、これは一噺家の視点から見た、「人間国宝」という制度に対する皮肉だ。

もしかしたら、この人は己が人間国宝になったことを、心の底から喜んではいないのかもしれない――小三治の「後まくら」とでも言うべき話を聞いていた時、ふとそう感じた。

「実るほど頭を垂れる稲穂かな」ということわざがある。おそらく、小三治のような人を指す言葉なのだろう。苦手な「長短」をやったのも、前座だった時の気持ちを見つめ直したかったからなのかもしれない。人間国宝になった自分を戒めるためだったのかもしれない。

この「後まくら」に笑いはなかった。あったのは、ただひたすら「芸に打ち込む独りの噺家」の姿だった。それが、私の中では忘れられない。

「ああ、いい“落ち”だったな」と思った。笑いという“落ち”のない、思い出に残る“落語”だった。
2014/07/19

【歌舞伎座】七月大歌舞伎(昼の部)

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今月の歌舞伎座はメンツとコンテンツが超豪華だ。海老蔵に、玉三郎に、中車(香川照之)。そして『浪花鑑』の通し狂言である。

というわけで、わたしは2階東の桟敷席でたっぷりと鑑賞させてもらった。できることなら、大向こうもやっちゃいたいくらいの気分だったが、それはよろしくない。だから、我慢して拍手。声援ならぬ“手援”である。

さて感想だが、個人的に見どころだなぁと感じたのは、玉三郎のお辰だ。追っ手から追われ身の磯之丞を守りたい一心で、焼けた鉄弓を顔面に押し付けて、わざと顔を醜くするという場面は、観ていて思わずジーンと来てしまった。他人のために、自らの身体を犠牲にしたのである。しかもその時の義太夫の語りがまた、なんとも味があって、たまらない。

そんなお辰っつぁん、舞台から立ち去ろうと花道を駆けていこうとすると、心配したお梶さん(団七こと海老蔵の奥さん役の人)が、サっと寄ってきて、「でもお辰さん、そんな顔になってしまって、徳兵衛さんに嫌われますまいな?」徳兵衛とは、お辰っつぁんの旦那さまのこと。それに対しお辰っつぁん、「こちの人が好くのはここじゃない。(心臓のあたりをポンと叩いて)ここでござんす!」と言い返す。

かっけえ・・・。ただそれだけだった。そのまま、花道をパァーと駆け足で駆けて行ってしまったお辰さん。かっこよすぎだった。もう、ただただ拍手した。拍手せずにはいられなかった。

お次は、本日一番期待していた市川中車こと香川照之。だが残念なことに、どう頑張っても、彼は「市川中車」ではなく「香川照之」になっていた。海老蔵との絡みの時も、完全に、あの「俳優・香川照之」となってしまっていたように思う。「あれ、これって歌舞伎だよね?」と言いたくなるくらい、中車は「中車」でなくて「香川照之」であった。

このとき感じたのは、テレビで大活躍している人気俳優だからといって、その人が「歌舞伎役者」として歌舞伎を「やれる」かというと、必ずしもそうではないのだな、ということ。無論、香川は「中車」を襲名している以上、「歌舞伎役者」であることは事実だ。しかし、歌舞伎を「やれる」から「歌舞伎役者」として客から認識されるわけで、「歌舞伎役者」として名乗りを上げたから、「歌舞伎役者」として客から認識されるわけではない。わたしには、どうしても彼が「俳優・香川照之」にしか見えなかった。

最後に、気付いたことをひとつ。歌舞伎をきちんと鑑賞するには、相応の体力と精神力が必要だ、ということ。これは毎度実感していたことではあったが、今日の帰り際、近くにいたおばちゃんたちが「歌舞伎って見る方にも体力が必要よね」などと話していたのが、いまでも頭の中に残っている。
2014/05/05

能を、見た。

能と歌舞伎には、共通点がたくさんある。が、豪華絢爛で熱気ある歌舞伎と比べ、能は本当に「冷静」だ。共通点は多いものの、両者最大の違いは、この「温度差」ではないだろうか。

まず、能楽師たちの登場の仕方が異様である。彼らは摺り足で、ものすごくゆっくり歩く。本当に、本当にゆっくりだ。まるで足腰悪そうな老人のようである。しかし、歌舞伎役者が花道から颯爽と登場してきた時の、胸躍る感じが、わたしにはこの、能楽師たちの登場の仕方にも同様に感じるのである。

なぜだろう? これが能という「芝居」(否、わたしには一種の「儀式」のようにも見えるのだが)のおもしろいところだ。理由を考えてみるに、それはこの登場の仕方が現代人にとっては「異様」に見えるからではないか。何せ、舞台への「登場」である。普通ならば、どこかわっと出てみたい、そして喝采を浴びたいという気持ちが、何かを演じる者の気持ちにはあると思う。また、彼らを見る観客たちも、無意識にそういう登場の仕方をするのではないか、と期待していたりもする。

しかし、能はそんな気持ちを押し殺すかのように、わっとは出ず、むしろ正反対の登場の仕方をするのだ。揚幕がゆっくりと上がり、そこから無表情な男たちが、摺り足でぬっと現われるその光景――テレビドラマを始めとした現代劇にどっぷりと浸った今の人間たちにとって、これがどうして異様に映らないことがあろうか。

だが、この「異様」も一度慣れてしまうと、今度はとたんに「退屈」へと変わってしまいやすい。能は、そのあらゆる所作やセリフがどれもこれも「異様」である。が、この「異様」は「退屈」と隣合わせなのだ。事実、わたしは慣れてしまい、今回の芝居でもウトウトすることがあった。

能は、能自身が現代人へ「すり寄ってくれる」ような芝居ではない。われわれ現代人が、能を理解してみようという気持ちがない限り、おそらく一向に理解不能なものなのだ。その点、歌舞伎はまだ「親身」だ。ミュージカルな要素が強い分、こちらが特段の知識がなくても、なんとか楽しめる(それでも所詮は「なんとか」という程度のものだが)。しかし、能にその理屈は通用しない。能は「親身」ではないのだ。こちらから、能に対してアプローチしない限り、能はわからないのである。

とはいうものの、では本を読んで、ちょっと話のあらすじを知った程度で楽しめるものか、といったら、実はそうではない。歌舞伎はそれで十分楽しめるが、能はそうはいかない。これはまあ歌舞伎にも言えることではあるが、能は何度も「根気強く」見て、ようやく「ああ、そういうことか」となれるのだ。関連の書籍を読んでおくのは当然として、それにプラス「何度も何度も、根気強く見る」という態度が、能を楽しむためには必要なのだ。

なんとも、まあ「面倒な」芝居だろう――そう思われるだろうが、そういう感覚になって当然である。実際のところ、「面倒」な芝居である。それもそのはず、なんだかよくわからない登場の仕方をして、なんだかよくわからにセリフを口にして、なんだかよくわからない舞をして、なんだかよくわからないストーリーで・・・というのが、能の事実なのだから。

しかし、だ。では、なぜこんな「面倒」なものが、600年以上も続いているのだろうか?

それは、遥か昔に成立した能の「権威」のおかげだろうか? いや、違う。いくら権威があろうとも、所詮そこに「含蓄」がなければ、どこかの時点で滅んでいるはずだ。長きにわたって支持されている以上、そこにはなにか人を惹きつけるものがある、と考えるほうが自然ではないか。

実は昨日、わたしはその「含蓄」とやらに、ちょっと触れることができたような気がするのである。それは、観世能楽堂で「海士」を見ていたときのことだ。正直なところ、話の筋はもうほとんど覚えていない。だが、龍女となったシテが、舞を舞っていたとき、その姿を見て、ピンと来るものがあったのである。そのときのことをうまく言葉にすることができないのだが、それでもなぜか、彼女の姿を見て「ああ、そういうことか」となったのだ。

能の魅力、だったのだろうか、それと思しきものに邂逅できた瞬間だった。
2014/05/03

【歌舞伎座】團菊祭五月大歌舞伎(夜の部)

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團菊祭とあってか、それとも父・團十郎の後を受け継ぐ海老蔵が出演ということあってか、今月の昼の部のチケットはどうやらもう、売り切れのようだ。とはいっても、夜の部は不人気(?)らしく、まだチケットも残っている。

今回、私は夜の部を観に行った。一番楽しみにしていたのが、「春興鏡獅子」だ。

しかし、である。前半の小姓・弥生こと菊之助の舞踊は、色っぽくてものすごく魅了されてしまったのだが、胡蝶がなんとも興醒めな演出だった。というのも、魅惑に満ちた二匹の蝶が、なんと「成人」(成虫?)なのである。

DVD「鏡獅子」(主演・5代目坂東玉三郎)に親しんでいた私からすると、胡蝶は「成人」ではなく、子供(子役)こそが似つかわしいと感じる。シネマ歌舞伎「春興鏡獅子」でも、亡き18代目勘三郎が演じた時は、胡蝶は子供だったのだ。

第一、あんな真っ赤な着物を「成人」(「女形」というべきだろうが、果たしてあれが「女形」と言い切れるかどうかも怪しかった)が着ても、野暮にしか見えない。「鏡獅子」ファンからすると、これはなかなかショッキングな「事件」である。

ちなみに、この「鏡獅子」という芝居、なぜ私は好きなのかというと、演出上のコントラストが素晴らしいからである。まず、勇猛な獅子と、可憐な胡蝶という登場人物のコントラスト。そして、手弱女たる弥生の舞い(前半)と、益荒男のような獅子の踊り(後半)という舞踊のコントラスト。こうしたコントラストが良いのだ。そしてあの胡蝶が、小さくて、かわいくて、子供らしさが溢れているからこそ、後半の獅子の踊り(特に毛振り)が大きく映えて見えるのである。

それが今回、「成人」での演出ということなのだが、どうにもこうにも違和感があって、見ていて「なんだかなぁ」という感じだった。

ところで実はもう一つ、残念な演出があって、それが最後の見せ場の「毛振り」だ。この芝居最大のポイントなのだが、菊之助は疲れていたのか(?)、豪快であるはずの毛振りが、どうも豪快ではなかった。毛振りがだんだんと速くなっていって、最後はもう全身全霊で、体を吹っ飛ばすくらいの勢いで振りきって幕を閉じる、という「はず」なのだが、今回の菊之助の毛振り、それがなかったのだ。振りがだんだん速くなる、ということがなく、「常速」のまま幕となってしまった。ここは「安全運転」などやめて、「危険運転」を貫いてほしかった、というのがファンとして想いだ。

さて、批判ばかり書いてしまったが、夜の部にももちろん見どころはある。なんといっても、今回は團菊祭ということで、海老蔵が久々に歌舞伎座に戻ってきた。期待大なのは、やはり海老蔵なのだ。

夜の部が不人気なのは、海老蔵が「幡随長兵衛」に出るからなのかもしれない。が、あの侠客・長兵衛は、海老蔵の「ちょいワル」な雰囲気と本当にピッタリでサマだ。煙管の吸い方も、目を瞑りながら、なにか悟ったのような感じが粋で美しい。そして、これから敵陣に単身で乗り込もうとするところを、女房と息子にとめられるも、それを冷静に、かつ哀愁漂わせながら説得する姿も、思わず男のわたしも見惚れてしまったくらいだ。

「幡随長兵衛」を見ていたのか、それとも「幡随海老蔵」を見ていたのか――そんな心地だった。30代という若さで、あれだけの貫録が出せるからこそ、海老蔵はやっぱり魅力的なのである。
2014/04/29

【観世能楽堂】『古典への誘い』を鑑賞した。

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おおよそ一ヶ月前であるが、観世能楽堂で海老蔵の「古典への誘い」を見た。

能楽堂というのは、会場内がすごく小さいので、ちょっとの人ですぐいっぱいになる。今回も例に違わず、観世能楽堂に海老蔵が来るということで満員だった。

始めに、場内が急に暗くなったと思ったら、会場後方の入り口から海老蔵がグレーのスーツ姿で入ってきた。衣裳も化粧も身につけていない、「生の」海老蔵を見たのはその日が初めてである。

格好良かった。ただ、その一言だけだ。それ以上の言葉はもう、いらない人だった。会場内は、女性で7割くらい占めていたように思うが、女性が多く集まるのは当然のように思えた。こんな粋で格好いい男が、能楽堂という厳かな場所で舞踊を披露してくれるのだから。女性も負けじ劣らず、着物姿で美しかった。

始めるにあたってのオープニングトークということで、海老蔵は能と歌舞伎の魅力、歴史を語った。このあたりのことは、能楽堂に集う者たちにとって、もはや不要ではないかとさえ思えるような内容だったが、それでも海老蔵の口から語られると、改めて「何か高尚なものを勉強した」という気分に浸れてしまった。よく「何を語るか、ではなく、誰が語るかが、人を魅了するときに大事な点である」などといったことを耳にするが、まさにその通りだった。

今回の演目は、半能「石橋」と歌舞伎「連獅子」である。なぜ、数ある演目の中からこの2つが選ばれたのだろう? 思うに、どちらも役者の動きに明確な緩急があって人を惹きつけ、鳴物も素晴らしいからではないか。それに、どちらも獅子が出てくる。獅子の面をつけた能楽師と、獅子の隈取をした歌舞伎役者。両者ともにその迫力が凄まじい。歌舞伎はともかく、能というと「ゆったりと静かな動きをする芝居」というイメージを持っている者にとって、「能にも、こんな激しい芝居があるのか!」と驚かされるに違いない。

しかし、この企画、実に贅沢だ。いや、贅沢過ぎるといっても過言ではない。なぜなら、能楽堂で能と歌舞伎を一気にやってしまおうという試みなのだから。海老蔵も言っていたが、これが安土桃山の時代ならばありえない。当時、能は貴族階級の芝居であり、歌舞伎は庶民のための芝居だった。そこには、今とは異なる「聖俗」の線引がはっきりとなされていたのである。それを現代の、平成の渋谷で、両方をまとめてやってしまうというのだから、当時の貴族・庶民からしてみれば、まさに「夢の組み合わせ」なのだ。

歌舞伎「連獅子」というと、あの豪快な「毛振り」が有名である。無論、今回もそれが観られたわけだが、能楽堂という舞台と、あの小さな会場のせいなのだろうか、ものすごく盛大な光景として今でも僕の目に焼き付いている。何せ、親獅子(海老蔵)が真っ赤な毛を、そして子獅子(福太郎)が真っ白な毛を、力強く振り回しながら、能楽堂の橋懸かりを渡っていくのだ。

橋懸かりの脇にある松と、舞台後方にある鏡板、そして紅白の牡丹の花――それらを背景に毛を回しながら、魅惑に満ちた獅子がそこに現れる。実に異様ではあったが、同時にそれに目を奪われて恍惚としている自分が座席にいたのである。

舞踊というのは、瞬間の芸術だ。絵画や骨董品のような、「常にそこにあるもの」ではない。一瞬一瞬ですぐに消え去っていく芸術である。しかし、それが何とも言えない、舞踊という芸術の魅力なのだ。決して、ビデオカメラで捉えて収まりきれるような代物ではない。

この日は、本当に優雅な気分に浸れた最高に一日だった。帰りに、渋谷のジュンク堂で『風姿花伝』を買ったくらいだ。終わった頃にはますます、「もっと歌舞伎と能を観なければ損だ」とさえ思うようなっていた。

(※画像は前回公演時のもの)
2014/04/09

【歌舞伎座】鳳凰祭四月大歌舞伎(夜の部)

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初めて歌舞伎座の1等席(18000円)に座った。
いままでは、ずっと3階席(6000円)から芝居を見ていたのだが、今回は奮発してみた。

で、気づいたのだが、1等席の舞台正面・花道付近の席というのは、予想以上にものすごい感動と興奮を与えてくれるのだ、ということ。もうこの事実を知ってしまった以上、これからは3階席で見ようなどとは思えなくなってしまった。

まず、今月の夜の部を舞台正面付近の1等席で見れば、1幕目『一條大蔵譚(いちじょうおおくらものがたり)』で、吉右衛門の「バカ殿」っぷりが楽しめる。そうかといって、おマヌケな顔した吉右衛門が出てきたと思ったら、彼の横では芝雀の美しい舞踊が披露される。それに狂喜する、ニンマリ顔の吉右衛門。「?」と思ったら、ぜひ歌舞伎座の1等席に座るべし。この演目、コメディーチックな部分があるものの、非常に奥の深い芝居なのである。

ちなみにイヤホンガイドの解説は、おくだ健太郎氏が務めている。個人的に思っていることだが、解説員の中では、氏の解説が一番わかりやすい。解説を入れるタイミングも実に見事で、解説を聞くことにとらわれて演目に集中できなくなる、といったことがまずないのだ。声も聞き取りやすく、この解説を聞くためだけにイヤホンガイドをレンタルするのもアリだと思う。

2幕目は『女伊達(おんなだて)』だ。主役は、萬屋を代表する女形の巨匠・中村時蔵である。この演目は、まさに「歌舞」伎で、文字通り、「歌」と「舞」しかなく、物語の要素はない。しかもすぐに終わる(20分程度?)。が、わたしはこういうのが大好きだ。歌舞伎の醍醐味は、物語の面白さとか理屈よりも、まずは見た目や様式美だと思う。

この2幕目ではイヤホンガイドを聞かないことをオススメしたい。全然耳に入ってこないし、そもそも解説自体いらない気がする。己がいま持っている感性で、素直に、理屈抜きで愉しむほうが健全だ。

3幕目『梅雨小袖昔八丈(つゆこそでむかしはちじょう)』(髪結新三)は、正直に言うと、あまり面白くない。それでも見どころがあって、それがお熊役の中村児太郎である。素直に告白すると、彼の女形にはグッと来てしまった。思わず抱きたくなってしまうくらいに色っぽくていじらしかった。理想の女像である。

しかし、如何せん、出番が少ない。そのため、話題の中心的存在であるにもかかわらず、あまり舞台に出てこないのだ。そこが残念すぎた。


それにしても、歌舞伎というのは不思議なもので、見るたびに何かしらの面白い発見や感動が得られたりする。別に、日本の伝統芸能だから歌舞伎を特別視しているつもりはないが、これは本当に正直な感想だ。だから、高い金を払ってでも歌舞伎を見たくなるのだろう(第一、本当につまらなかったら何回も歌舞伎を見に行くわけがない)。

ちなみに、歌舞伎を見ていると、能も見たくなってくる。というのも、歌舞伎には能に対するオマージュがあり、例えばそれは「松羽目物」などに顕著に表れている。この2つは切っても切れない関係なのだ。

もし、日本の伝統芸能や文化に興味があるのなら、まずは歌舞伎から見るのがいいだろう。歌舞伎から徐々に能や文楽、日本舞踊や落語といった方面を開拓していくと、どれもこれも横のつながりがあるのだ、ということに気付かされる。こういうことが楽しめるようになるためにも、やはり歌舞伎を見ておくことは大変重宝するのだ。
2014/02/09

【国立劇場】2月文楽公演

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文楽観劇日だった昨日、あいにくの大雪とぶつかってしまった。

事前に予約してあるとはいえ、こんな日にわざわざ文楽を観に行く人というのは、相当の物好きと言えるのではないか。

足元は積もった雪でグチャグチャ。空からは粉のような吹雪。国立劇場に行くまでが一苦労である。とはいえ、雪舞い散る中の国立劇場というのは、なんとなく妙な趣と落ち着きがあった。



さて、昨夜鑑賞したのは、第三部(18:15~)の「御所桜堀川夜討」(弁慶上使の段)と「本朝廿四孝」(十種香の段/奥庭狐火の段)だ。上に掲げた宣伝ポスターに写っている八重垣姫の後ろ姿が、非常にいじらしくてかわいい。そして「廿四孝」のイヤホンガイド解説員は、安定の小山観翁氏。しんしんと積もる雪の日の、仄暗い場内で、この渋く淡い翁の声を聞きながら文楽を観るというのは、なかなかの贅沢である。

ところで、文楽を観ていて面白いと思うのが、人形を動かす人たちが、舞台上で堂々と姿を見せているという点だ。もっというと、義太夫や三味線の人たち、黒子も自身の姿を観客に見せているのも面白い。

無論、これは文楽に限ったことではない。歌舞伎や能でも同様である。なぜ、日本の古典芸能は、こういった「裏の人たち」(「表の人たち」は、人形や役者)も、観客に見えるようにしているのだろう?

これが、西洋モノの演劇だと違う。西洋モノの演劇は、こういう「裏の人たち」は、あくまでも「裏」に徹しており、「表」には出てこない。たとえば、劇団四季だと、音楽を奏でる人たちは、舞台上には決して姿を現さないし、黒子のような人たちもいない。それから、昔NHKでやっていた「ざわざわ森のがんこちゃん」とか「ひょっこりひょうたん島」とかは、どちらかというと西洋風の人形劇だが、やはり文楽のように人形遣いの人たちは姿を見せない。



わたしはどちらかというと、こうした日本的な劇の演出方法が好きだ。理由は、西洋劇やその流れを継いだ現代劇にはない、こういった演出が新鮮だからだ。しかしその理由以上の理由があって、それは「裏の人たち」を決して「裏の人たち」のままで“終わらせない”ところ、「裏の人たち」も、劇の立派な“出演者”であり“役者”なのだ、と考えているところ――こうした古の日本の演劇哲学に好感が持てるからなのだ。

もっと言えば、「仲間はずれ」にしない、「差別」をしない、とでも言い換えられるだろうか。

「あなたは役者ですよ。だから、表舞台に出て演じてください」
「あなたは音楽を奏でる人ですよ。だから表舞台には出てこないでください」
「あなたは人形を操る人ですよ。だから舞台上で姿を見せないでください」

こういう考え――いじわるな言い方をすれば、「仲間はずれ」や「差別」――がない、というのが日本の演劇の良いところだと思う。



そういえば、民放のテレビドラマなどで、最後に(あるいは最初に)番組制作に携わったプロデューサーやディレクターの名前(=クレジット)が画面下に流れるが、これが海外ドラマだと、ドラマが終わったあとにクレジット用の場面に移る。もちろん、日本の場合だと番組の尺の都合とか色々理由があってドラマ中にクレジットを流すのだろうが、それでもドラマ中にもうクレジットを流してしまうというのは、よく考えてみると変(?)というか、面白い感じがしないでもない。

これも、大元はやはり、「裏の人たち」に対する敬意の表れ――「裏の人たち」を「仲間はずれ」にしないという考え――から来ているのかもしれない。「ドラマは表舞台で活躍した人たちだけのものじゃない。みんなの力があってこそのものじゃないか」――そういう思いが、古から今に至るまで受け継がれているのだろうか。


――と、いつものごとく話が寄り道ばかりになってしまったが、今日はこのへんで。
2014/01/12

【新橋演舞場】壽三升景清

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歌舞伎座のすぐ近くに新橋演舞場がある。歌舞伎座と比べたら、外観はすごく地味だ。かといって国立劇場のような上品さが漂うわけではないし、おしゃれなたたずまいでもない。しかし、劇場内のつくりと雰囲気は新橋演舞場が一番だと思っている。あの劇場内、歌舞伎座と国立劇場では醸し出されない、「大人の色気」が広がっているのだ。

だからこそ、なのだが、海老蔵の新春大歌舞伎は新橋演舞場でやるのが最もサマになる。個人的には、どうしても歌舞伎座や国立劇場では頂けないのだ。

演舞場、新春一発目の演目は『壽三枡景清』である。舞台上は、始まる前からすでに定式幕があけられており、そこにあるのはもうひとつの「舞台」とその舞台の幕、しかも大きな伊勢海老が描かれた幕だ。そしてその上には、市川団十郎家の家紋「三升」の描かれた提灯と、演舞場の座紋が描かれた提灯が掲げられている。団十郎家は、明らかに別格である。

演出といい、立ち廻りといい、どれも盛大だった。圧倒される。「こんな演劇、ほかにあるか?」と思わずにはいられない。無論、劇団四季も派手だが、わたしの場合、目が釘付けになったり、圧倒されたりはしない(歌舞伎と劇団四季を比較してウンヌン言うのもおかしな話ではあるが)。

初春大歌舞伎となると、やはり客も一段違ってくる。わたしの隣に座っていた貴婦人(老婦人だったが)は、前日の夜に盛岡から新幹線で駆けつけてきたと言っていた。この演目(『景清』のこと)を観終わったらすぐに浅草公会堂のほうへ移るのだと言い、実に熱心な方だった。

幕間の昼食時、その貴婦人と色々歌舞伎のことについて喋ったのだが、こういう愉しみが味わえるのも歌舞伎のいいところである。歌舞伎は決して、その演目だけで完結するものではないのだ。ウンチクとか逸話とか、あるいは弁当とか劇場内のつくりとか、ふとした歌舞伎漫談だとか、そういった歌舞伎「周辺」に目を向けるのも実に愉しいのである。

演目終了後、席を立つと同時にその貴婦人と別れの挨拶を交わした。「またいつか、どこかで」だったろうか。そんな言葉をかけられた。ああ、こういうのを人は一期一会というのかね。
2014/01/11

【国立劇場】三千両初春駒曳

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国立劇場は、他の劇場に比べて観劇料が安くて良心的だ。金のない若者が歌舞伎を楽しもうと思ったら、まずは国立劇場に行くのがいいと思う。何せ、1等席での観劇料が他の劇場のものと比べてほぼ半額なのだから。

さて、今回の演目、話の筋がわかりづらく、ボーっとしていると、一気にわけがわからなくなる。だから、正月ボケした1月早々に観る歌舞伎としては不適な気がしてしまう。かといって、筋が複雑だから筋書を買ってでも理解したい話かと言えば、そうでもない。

それでもこの歌舞伎の感想を書こうと思った理由は至って単純で、演出が派手でわたし好みだったからだ。特に、釣天井が落下するシーンは本当に迫力があった。天井が落下して罠にかかった者たちが皆、重石をのせた天井の下敷きになってしまうのだ。しかも畳からは何本もの槍が現れる。舞台上は大混乱。観ているこっちも釘付けになってしまう。

ということで、わたしはこの歌舞伎、いつものごとく演出で満足させてもらった。

無論、演出以外にも気に入ったことがあって、それはイヤホンガイドで序幕と二幕目の解説をしてくれた佳山泉氏の声だ。若くて可愛らしい(でも、どこか大人らしい)声で説明してくれたのが印象に残った。演目よりも、むしろ彼女の声のほうが気になってしまったくらいだ。非常に聞き取りやすく、聞き心地のよい声をしている女性である。歌舞伎は、演目だけでなく、イヤホンガイド解説員の声を愉しむという面白さもあったりするのだ。

歌舞伎は、決して演目だけを楽しむものではない、というのが私の持論である。それこそ、劇場内の作りや提灯、座席の配列のされ方などをシゲシゲと観察してみるのも楽しいし(ちなみに東京都内に限っていうと、わたしは新橋演舞場の劇場内が一番好きだ)、イヤホンガイドの人の声を味わうのも楽しい。もちろん、劇場内の売店でグッズを買うのもいいだろう。幕の内弁当を堪能するのも当然アリだ。

そこが歌舞伎と他の演劇の決定的な違いだと思う。劇団四季では、こんな楽しみ方はできないのだから。
2014/01/03

【歌舞伎座】壽初春大歌舞伎《昼の部》

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本日、初春大歌舞伎2日目の観劇。昨日と変わらず、東銀座駅内と3番出口周辺には警察も何名か出動していた。たかが演劇鑑賞とはいえ、わざわざ警察が出てくるのは、歌舞伎くらいなものだろう。明らかに他の演劇とは扱われ方が違う、ということか。

さて、今回の昼の部最大の見ものは、最後の演目『鴛鴦襖恋睦』(おしのふすまこいのむつごと)だと思う。染五郎と橋之助の相撲を、長唄囃子連中の奏でる音――三味線、鼓、横笛の音――とともに見るのは本当に最高だった。日本人なら誰もがその音とともに、相撲中、役者の見せる見得に惹きこまれるに違いない。

3番目の演目「松浦の太鼓」――これはもうセリフばかりの話で、どうにもこうにもピンと来ない。うたた寝すること、何度かあり。というのも、『鴛鴦』のように役者や鳴物に魅せられないからなのだ。その一方、話にボケが多く、会場全体が笑いに包まれることが幾度かあったが、それでもやはりわたしにはおもしろくない。歌舞伎に「笑い」は求めていないのだ。

『鴛鴦』のインパクトがあまりにも強かったせいか、2番目の演目「梶原平三誉石切」(かじわらへいぞうほまれのいしきり)は、見終わった直後は後味が良かったものの、『鴛鴦』終了後には、何も感じなくなってしまった。登場人物に対する感情移入も、いつのまにかなくなってしまっている。ましてや「時平の七笑」(最初の演目)なぞ、もはや内容が頭の中から吹っ飛んでしまっている。

当たり前の話、歌舞伎はストーリーも重要な要素だが、それ以上に重要なのは、役者の話し方や衣装、舞台セットや装置、そして鳴物やツケといったBGMや効果音などだと思う。つまるところ、一見なんということもなさそうなものや、ストーリーに直接影響してこないようなものが、歌舞伎最大の魅力だったりするのである。

おそらく、このことが感情的に(理性的に、ではなく)わかるかどうかが、歌舞伎好きになれるかどうかの大きな分かれ目である気がする。無論、ストーリーがおもしろいものもあるだろう。しかし、テレビドラマなどの現代劇にどっぷり浸った人間が、どうして歌舞伎のような、単調なストーリーに満足できようか。

そんなわけで、これから気が向き次第、歌舞伎のこともこのブログに書いていこうと思う。(とはいっても、歌舞伎の学術的な話やごくごく専門的な話などできないし、ほとんど興味もないので、純粋に劇場内で感じたこと、思ったことをつらつら書いていきたい。)
2014/01/03

【歌舞伎座】壽初春大歌舞伎《夜の部》

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去年の間に行こう行こうとは思っていた新装・歌舞伎座だったが、結局、腰痛とその他もろもろの事情で行けなかった。なので、年明け早々の2日と3日、さっそく足を運んだ次第だ。

2日は昼の部から見るか、夜の部から見るか迷ったが、どうせ1日はぐうたら過ごすのが世の常。そのダラダラは2日の午前ぐらいまで続くだろう。ならば午後から見るか、という戦略(?)でいたので、2日は夜の部から観劇した。続く本日3日、昼の部を見る。


東銀座駅構内で幕の内弁当を買い、出店をプラプラと見物し、いざ本陣・歌舞伎座へ。夜の部は、16時5分からの開場だったが、その前に昼の部を見終えた先客たちがゾロゾロ出てきた。と、そこに現れるは、黒縁メガネをかけた俳優の川原和久。ドラマ『相棒』の伊丹刑事だ。彼の嫁の父親が松本幸四郎なものだから、初日の舞台を見に来たのだろう。


さて、夜の部最初の演目は、『仮名手本忠臣蔵』の九段目「山科閑居」である。一応、名作の誉れ高い一幕ということになっているらしいが、個人的にはどうもピンと来ない。いわゆる、あの「歌舞伎らしさ」がこの演目は乏しいと思うからだ。

しかし、非常にどうでもいいことなのだが、「山科閑居」上演中、イヤホンガイドを務めていた小山觀翁(こやまかんおう)氏の淡く渋~い声が、妙に「山科」の冬景色(セット)と合っていて、いい気分に浸れた。幸せ者だ。夜の部は、小山氏の声とともに「山科」を観劇するだけでも、イヤホンガイドの元手は十分取れるはずだ。


「歌舞伎らしさ」をよしとするなら、次の「乗合船恵方万歳」のほうがまだいいだろう。山なし、落ちなし、意味なし、と言ったら「やおい」になってしまうが、この演目はまさに「やおい」そのものだ(無論、男色なし)。が、それがいいのである。役者はただただ踊り舞い、鳴物は音を劇場内に響びかせる――それでこそ「歌」「舞」伎なんじゃないか、と思う。

「歌」と「舞」こそが歌舞伎の醍醐味だが、それでいくと最後の演目『東慶寺花だより』はつまらない。これは井上ひさし作の新作歌舞伎だが、セリフもほとんど現代語だし、役者の動きにはまったくと言っていいほど「歌舞伎らしさ」がない。これじゃあ、舞台上で演じる時代劇となんら変わりないじゃないかと思うのだが。

無論、歌舞伎業界も古典だけにこだわらずに、新奇性を持ち込もうという画策なのだろうが、それでもわたしはこの新作歌舞伎、どうも好きになれないなあ。


以上、非常に簡単ながら今年の壽初春大歌舞伎夜の部の感想を書いてみた。昼の部のほうはまた、後ほど。
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