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2013/02/13

散歩散歩散歩

2013年2月13日現在。

わたしはいま、事情あって働いていない。毎日がホリデーである。


毎日がホリデー、というと、きっと現役社会人の方たちから羨ましがられるだろう。ところが毎日を「日曜日」として過ごす、というのは、けっこうキツかったりもする。特にすることがないのだ。

つまるところ、暇である。おまけに金もないから旅行にも行けない。「さて、今日は何をしようか?」などと、途方に暮れることのほうが多い。エーリッヒ・フロム言うところの、「自由からの逃走」というヤツである。

そんな理由もあり、また、家にこもることが多いわたしは、なにかと運動不足になりがちだ。なので、少し前から「散歩」というものを始めてみた。

散歩――とはいっても、毎回毎回、同じコースを歩くだけである。「ウォーキング」といったほうがふさわしいかもしれない。



それはともかく、ここ最近は、この「散歩」というのがマイブームになっている。

出かけるときは、少し薄着をする。けっこう汗をかくからだ。靴は普段から使っているもの。そして欠かせないのが、「ウォークマン」である。いつもこのウォークマンで好きな曲を聞きながら、散歩する。ウォークマン――歩く人。文字どおり、わたしのことである。



歩くところは森林公園や植物公園である。

なぜ、そういったところを歩くのか?

静かだからだ。休日はともかく、平日は人がいない。あるのは、植物と土と砂利。ときどき、老人を見かける。それだけである。つまり、わずらわしさがないのだ。

そういったところをひたすら歩く。歩く。歩く。「パフューム」の曲“Hurly Burly”を聞きながら。わたしはパフュームが好きだ。ファンである。女の子3人とも美人である。かわいい。そんな彼女たちの歌声を聞きながら、ただただ、歩く。歩く。歩く。



歩きながら、どんなものを目にするか?

よく見かけるのがハトである。公園に行き着くまでの道、下り坂があるのだが、その坂の道路の端っこで、よく彼らを見かける。いつもなんか、ツンツン突っついている。餌を探しているのだろう。いつも夢中で、ツンツンしている。

こちらが彼らのそばを歩いてみても、あまり警戒しない。飛び去ることもない。どうやら人間に慣れているようだ。わたしだったら、そばに見知らぬ人が近づいてくるだけで「んんっ?」と落ち着かなくなるのに、彼らはそうならない。対人能力とかいうものを、きちんと持っている。えらい。


アヒルもよく見かける。いつも川にプカプカ浮かんでいる。眠そうな顔もしている。あせり、という概念がなさそうである。

すばらしいことだと思う。現代人がいつも抱えて生きているものを、アヒルはこれっぽっちも抱えていない。抱えていないどころか、いつも余裕そうな顔つきである。自分もいつもああであったらなあ、と感じる。


老人は、わりと見かける。老人。やや、ぶっきらぼうな言い方ではある。しかし、そうとしか呼びようがない。まさか「老いて去る者」とか、「人生の下り坂」とか、とは言えまい。「あっ、あんなところに“人生の下り坂”がいる!」なんて、失礼にも程があろう。

「(お)年寄り」というのはどうか?これは、いつも眉間にシワ寄せた人、というイメージしかない。だから、老人、がいい。老人。そう、老人。



歩くときは、腕を振るように意識している。散歩は、足だけでするものではない。腕でもするものだ。ぼくはそう思っている。だから、腕を振る。振るときは、いつもよりも、すこしだけオーバーな感じがいい。そうやって、歩く。すると、だんだん、体が温まってくる。汗も出はじめる。「全身運動」というヤツだ。

歩きはじめると、自然と考えごとをしてしまう。パフュームの曲を聞いているのに、である。「どんな記事を次は書こうか?」「あの映画、たしかこんな場面があったな」「お昼ごはんはどうしようか?」などなどなど。

歩いていると、こうやって黙々と、考えることが常である。歩きながら考える。考えながら歩く。どちらが主なのかわからなくなる。パフュームの曲を聞いているからかもしれない。



散歩というのは、孤独人や一匹狼には、もってこいの趣味だと最近気がついた。まず、仲間がいらない。テニスやサッカーのように、他人が必要でない。ひとりで、しかも好きな日に、好きな時に、できる。

それから、ランニングのように、苦しくない。ただひたすら、歩いていればいいのだから、足も故障しにくい。つまり、続けることができるのである。三日坊主にならない、ということだ。

「運動不足解消のため」という理由で始めた運動は、だいたい、三日坊主へ一直線である。それは、「苦しくて続かないから」「メンバーが集まらないから」の2つに尽きる。でも散歩には、その2つがない。



歩く時間はだいたい50分。50分と聞くと、長く感じる。しかし、案外すぐに終わる。パフュームの曲を聞いているからだと思う。そして終わる頃には汗もかいている。気分もスッキリする。いい運動をしたな、と感じる。

こんな感じで、わたしはここ毎日、散歩している。とはいっても、これは「何もすることがない」ということの、裏返しでもある。まさにわたしは、「自由」から「歩いて逃走」しているのである。



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