2013/02/25

ブログをやっていてよかったなあ、と思うこと

わたしはこうやってブログを書いているのが好きだ。以前、ブログを書くことにはある種の「格好悪さ」がつきまとうのではないかと述べたが、しかしそうであってもやはり好きなものは好きだし、でなければブログなんて絶対に続かない。



それはさておき、ブログをやっていてよかったなあ、と思うことがある。それは、匿名で経歴や素性を明かさずにブログをやれば、純粋にブログでの発言内容のみが評価の対象となるところだ。言い換えれば、リアルの世界のように、発言内容とその発言者の身分とが「一緒くた」になって評価されることはない、ということである。この特性が、ボクはすごくいいなあと感じている。

こう言うと、「なにをいまさら?」「そんなの当たり前だ」などと思われそうだ。しかし、実は全然「当たり前」ではない。これは、多くの人にとって、かなり大きな恩恵になっているのではないか、とボクは思っている。



インターネット、そしてブログやツイッターなどがなかった時代は、社会(あるいは家族や知人、自分よりも年上の人たち)に向けてなにか発言したいことがあって、しかも発言できる機会があったとしても、発言しづらかった。というのも、「多くの人が発言者の素性や身分や経歴でもって、その人の発言内容を評価してしまう」という厳然たる事実が存在していたからだ。

たとえば現実の世界において、20代(または30代)の若者が政治のことや、社会のこと、仕事のことを論じようとすると、それがどんなに有用で的を射た意見であっても、その若者より年上の人たちは「まあ、君はまだ若いから......」とか「そういうことはもっと人生経験(社会経験)を積んでから言いなさい」などといって、まともに取り合おうとはしないことが、圧倒的に多い。

つまりリアルの世界では、発言者の発言内容自体が純粋に評価されることはなく(あるいは少なく)、その発言をした人の素性や身分、経歴も含めて、「総合的」に発言内容が評価されるのである。これは、発言する場が本や雑誌、テレビといったメディアに置き変わっても基本的には同じだ。なぜなら、もうすでに、発言者の素性や経歴がわかってしまっている(ことが多い)からである。

要するに長い間、リアルの世界においては、「言いたいことがあっても言えない」状況、「仮に言ってみたとしても、年配者から全力で否定・非難・批判される」状況というのが、インターネット、そしてブログやツイッターなどが普及するまでは、ずっと続いていたのである。



ぼくは長い間、こうした状況に、いつも不満を持っていた。なにか言っても取り合ってくれない。所詮は若者のザレゴトであり、素人のザレゴトである――そんなふうにあしらわれることが、おもしろくなかったのである。

たぶん、ボクと同じ思いを抱いたことのある人は多いのではないだろうか。討論の場であっても、会議の場であっても、必ずと言っていいほど、「まあ、確かにお前の意見は正しいかもしれないけど、でもまだまだ若いからな~」みたいな目を向けられ、あるいはそんなふうな空気にされる。そんな体験を、もう何度も味わってきた。

以前、どこかのブログで、「日本の若者が何も発言しない(しようとしない)のは、“発言してもムダである”という事実をよく知っているからだ」と書かれてあったのを目にした。まったくその通りだと思う。



しかし、べつにこうした状況は若者だけに限った話ではない

たとえばリアルの世界では、40代、50代の男が、若い女性アイドル(グループ)について、大好きなぬいぐるみについて、好きなアニメキャラクターのコスプレをすることについて熱く語りたい、しゃべりたいと思っても、多くの人はそうすることにかなり引け目に感じてしまうと思う。仮にやってみたとしても、すぐに「良識あるオトナ」がやって来て、ほぼ必ず「いい年して......」とか「大の男が......」云々という、紋切り型のセリフを使って批判する。最近の言葉を使うのであれば、「キモい」になるだろうか。

つまり、若者にせよ年配者にせよ、言いたいことや熱く語りたいことがあっても、発言内容そのもので良し悪しが純粋に評価されることはない(あるいは少ない)、ということである。現実の世界では、ほとんどの場合、言ったことと言った人の身分や素性とが、「セット」で評価され、吟味されるのである。そしてこうした状況は、いまもなお、リアルの世界においては「当たり前」のこととなっている。



しかし、である。ネットはそれを一気に変えてくれたのだ。リアルの世界のように、素性や身分や経歴が明確である必要などまったくない。実名や身分を伏せたまま、匿名でモノを言えるのだ。これこそが、ネットの最大のメリットなのである。

言いたいこと、語りたいことが特にない人には、ピンと来ない話かもしれない。しかし、言いたいこと、語りたいことが大いにあった人たちからすれば、いまの時代は大変ありがたい時代なのだ。長年くすぶっていた気持ちを、思いっきり、あらわにすることできるのだから。

しかも、ブログやツイッターを開設するのは非常に簡単だ。誰にでもできる。これはすなわち、「誰でも自由にモノが言える」ということであり、同時に「発言内容そのもので、評価される」ということである。



いい時代になったな、と感じる。もちろん、すぐに自分の言ったことを聞いてもらえる、評価してもらえるわけではないが、根気強くずっと発信し続けていれば、必ず誰かがそれを目にする。場合によっては、ふとしたきっかけで、たくさんの人たちから共感してもらえることだってあるだろう。そしてその意見が、いずれ「次代の常識」になりさえするかもしれないのだ。こう考えると、インターネットの力、ブログやツイッターの力というのは、本当にバカにできない。

――と、そんな思いもあり、また文章を書くのが好きだということもあって、ボクはこれからもブログを続けていこうと思っている。ときには更新しまくり、ときにはのんびりと。


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