2013/05/11

ビジネスマンにとって読書が大事な「本当の」理由

会社にいて仕事をしていると、大変残念ながら、「頭を使う」ということをだんだんしなくなるようである。

たとえば、なにか資料をつくるとしよう。そのとき、ExcelだのWordだのを使って数値を入力したり、文字を打ち込んだりするわけだが、実際のところ、こうした作業というのは、ほとんど「頭を使」わずに、ほぼ惰性でやれてしまう。計画書や報告書をつくったり、商談の予定を組んだり、お金の計算をしたりすることも、ほぼ同じだ。

なぜか? それはたいていの場合、もうすでに、決まりきった「やり方」(「フォーム」と言い換えてもいい)を、(程度に差はあれ)「使い回せてしまえる」からである。つまり、「頭を使わ」なくていいのだ。そして代わりに頭ではなく、体が勝手に「動いてくれる」のである。

「そんなの当たり前じゃないか」と言われれば、その通りである。しかし、それが「当たり前」であるからといって、別にそれで「よいこと」にはならない。「当たり前」というのは、どこまでいっても「当たり前」でしかなく、「当たり前“だからそれでもよい”」とか「当たり前“だから仕方がない”」といったことにはならない。

よく、自己啓発本に「ビジネスマンは読書をしなければならない」などと書いてあったりするが、これは詰まるところ、「ビジネスマンの多くは、放っておくと頭を使わなくなるから」に尽きるのだと思う。

無論、世の中は「頭を使わ」なくてもできる仕事しかないわけではない。しかし、「頭を使う」ことが「本当に」必要な仕事というのは、おそらくどんな会社においても、1~2割程度の人たちだけがしているのではないかと思う。それ以外の人たちは、「頭を使わない仕事」、いや、正確に言えば「頭を使う必要性を、ことさら感じさせない仕事」をしているのではないだろうか。

わたしも今、Excelを使って資料をつくる仕事をしているが、ときどき「オレ、たしかにExcelイジってるけど、なんら意識的に“頭を使う”ことをしてないよなぁ・・・」と思うことがある。もちろん、いまの仕事に不服があるわけでもないし、こうした資料作りがムダだとも決して思わない。

しかし、どこかで意図的に、そして自主的に「頭を使う」ということをしていかないと(つまり、なにがなんでも頭の「出力」を上げていかないと)、本当に「頭を使わ」ない人間になってしまうのではないか、と不安な気持ちになってくる。そう、まるで「家畜」のように、なにも考えないで生きる人間になってしまうのではないか。

そういう状態こそが、本当の「社畜」なのだと思う。決して、ネット上でよく言われる、「サラリーマンとして生きること」それ自体が「社畜」なのではない。(ちなみに、わたしは「サラリーマンとして生きること」は生存戦略上、極めて有効だと考えている。なぜなら、「複数の人間が集まって、会社という組織集団をつくり、その中で分業して、お金を稼ぎ、毎月決まった日にお給料がもらえる」という生き方は、「誰からも束縛されず、ひとりで仕事ができ、成功すればその手柄を自分ひとりの手中におさめることができるも、失敗したときのリスクも、当然ながらすべて自分が引き受けなければならなくなる」という生き方より、効率的だし安全性が高いから。)

そんなわけで、「ビジネスマンたるもの、読書は必須」と盛んに言われるのは、本当のところ、「ビジネスマンは教養がなくてはならないから」といった高尚な理由からでも、ましてや「読書を習慣にしていれば、年収が上がりやすくなるから」といった理由からでもない

そうではなく、読書をすることで「なかば強制的に」頭に刺激を与える、言い換えれば「頭を使わ」せるためなのではないか。で、なぜ「頭を使わ」せる必要があるのかというと、結局のところ、「頭を使わ」せる仕事(=「頭を使わ」ないといけない仕事)こそが、直接的なかたちで会社に金銭的利益をもたらすからである。そしてそのためには、いつなんどきでも「頭を使」えるようにしておく必要がある。だからそのための、ふだんから最も手軽にできる「一手段」が「読書」なのだ。それゆえ、「ビジネスマンは読書をせよ」としきりに言われるのだろう。

無論、ただ本を読んでいればよい、ということではない。読んで考える、読みながら考える。それを含めてこそ、初めて「読書」と言えるのではないか。

ということで繰り返しになるが、ビジネスマンにとって読書が必要な本当の理由は、決して「教養のため」とか「読書をしていれば年収が上がるから」といった理由からではなく(というか「教養が身につく」「年収が上がる」といったものは、所詮、読書をしていて「偶然」自分にもたらされた「副産物」でしかない)、利益追求集団である会社にとって、直接的に会社に金銭をもたらしてくれるのは「頭を使う」仕事なのであり、そのためビジネスマンはいつでも「頭を使え」る状態にしておけるよう、「読書」という「一手段」でもって、頭の「出力」を上げておかないといけないから、なのである。

話が長くなったが、要は「ビジネスマンにとって読書は大事だ」という、いままで何度も言い古されてきた、なんら新鮮味のない主張が、この記事の結論である。
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