2014/04/24

会社という名の「承認欲求地獄」で生き延びる方法

以前、映画『ユダ』の感想を書いた時、私はキャバ嬢の世界を「承認欲求地獄」と表現した。が、キャバ嬢よりももっと身近なところに「承認欲求地獄」は存在している。それが、会社という組織である。

会社では、そこでどのような立場であろうと、自分よりも後に入社してきた者に対しては、「自分はアイツよりも立場が上だ」と思う人がほとんどだ。実際のところ、大した仕事もしておらず、輝かしい業績があるわけでもないのに、である。

このような人たちは、「自分は下の者から敬われて当然である」と考えている。だが、それは何ら「当然」なことではない。仮に「敬われている」のが事実だとしても、それは当人が「魅力的だから」とか「すごいから」ではなく、単に「とりあえず、下から敬って“もらえる”立場にあるから」という場合がほとんどではないだろうか?

しかし、上に行けば行くほど、上の者は自分がもしかしたら「とりあえず、下から敬って“もらえる”立場にあるから」敬われているのではないか、と考えようとしなくなるようだ。本当にひどい場合だと、会社の外でも「大御所ヅラ」する者もいる(いい年した大の大人が店員に横柄な態度を取る、というのはその典型ではないか)。所詮、会社から一歩でも出れば、単なる「中年」や「オジさん」に成り下がるだけなのに、そのことが自覚できないというのは恐ろしい。

結局、会社という組織自体も「承認欲求地獄」で成り立っているのだ。「認められたい」「敬われたい」と思っている人たちが会社には大勢いる。無論、それが競争につながり、結果的にプラスに働くのなら悪くないかもしれない。が、だいたいの場合、そのように思われたいのは自分よりも下の者からなので、大して競争心も生まれなかったりする(というのも現状、日本はまだまだ年功序列の社会だからだ)。

こんな世知辛い「承認欲求地獄」をどうやって、うまく生き延びればよいのだろうか?

もっとも安全かつ効率的かつ効果的な方法がある。それは自分から進んで、相手を「敬って“あげる”側に回ってしまう」というものだ。もちろん、「本当に」敬うのではなく、あくまでも「敬って“あげる”」という上から目線な考えで十分である。もっと簡潔に言えば、「持ち上げて“やる”」のだ。

そういうフリをしていれば、大した努力をせずとも自然と相手からの好感度も評価も上がる。うまく行けば、トントン拍子で出世できるかもしれない。なんら新鮮味のない方法ではあるが、これが一番賢いやり方だと私は思う。

間違っても、「敬われたい」などという「承認欲求地獄」の中に己を沈めさせないことだ。そして、「自分は下の者から敬われて当然である」などとも思わないことだ。下の立場になってみればすぐにわかることだろう。

誰も、あなた(自分)のことなど敬いたくて敬っているわけではないのだから。
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