2014/07/15

「逃げる」ことは、悪いことではない。

「嫌なことから逃げてはいけない」とは、幼いころからよく言われ、またよく聞く言葉だ。世間では、逃げないこと=善、逃げること=悪、という等式が普遍的価値観のように流通している。某アニメの主人公が幾度も放つ「逃げちゃダメだ」という有名なセリフは、われわれのそんな一般的価値観を映し出しているように思える。

しかし、冷静に考えると、嫌なこと、つらいことから「逃げてはいけない」「逃げられない」状況に自分を置いておく、というのは必ずしも当人にとって精神的成長につながるといったプラスに働くことばかりではない。いざというときに、「逃げられる場所」=安心できる場所や拠り所がないというのは、本当のところ、かなり危険なのではないかと思う。

よく、「日本人は真面目で勤勉だ」などというセリフを聞くが、これは見方を変えれば「“逃げる”のがヘタだ」とも受け取れるのではないか。一般的に、真面目で勤勉なタイプの人ほど、禁欲的でキツいことを「修行」などと無理に肯定的に捉えてしまいがちで、そういう人は「逃げる」ことを無条件で指弾する。だから、「逃げる」ことがヘタになるのは、言うまでもない。

いまや当たり前のように耳にするようになった、社会人のうつ病は、こうした「逃げ方の不得手」から、だったり、「逃げられる場所」の確保不能という状況から来ていたりすることが大いに考えられる。

仕事を抱え込みすぎて(振られすぎて)、納期の呪縛から逃げられず、うつ病になる。あるいは、周囲の人間が、ろくに仕事のサポートをしてくれず、頼れる人がいなくてうつ病になる、といった状況だ。いずれの場合も、自分自身や周囲において「嫌になったら、逃げていい」という考え方が成り立っていないことによっていたりする。

原則として、心身に危険(例えば、病気になりそうな予感がしたり、病気の状態がずっと続いている、など)を感じたら、堂々と逃げていい。あるいは、少しでもいいから自分の悩みを聞いてくれそうな上司に、こっそりと心の内を打ち明ける、などの対処が必要だ。こうした、心身にかかる過度の負荷から「逃げる」というのは、今の時代、ひとつの「教養」である。

「連日残業で疲れたので、今日はすぐに上がる」というのも、見方を変えれば、自分の体を危険から「逃してやる」行為だと取れるだろう。こういう、ちょっとした「逃げ」でもいい。とにかく「逃げる」ことを悪と決め込んだり、避けたりしないことだ。

そういう意味で、会社を休んで趣味にひたすら没頭する、あるいは(他人に迷惑をかけない程度で)一人で楽しい妄想に浸る、というのも、いい意味で「現実逃避」となるから、もっと推奨されてよいと思う。常に向き合っていなければならない「現実」に対し、何らかの「危険」を感じるからこそ、われわれはそれから「逃避」するのだ。なにかと悪い意味で使われることの多い「現実逃避」という言葉も、捉え方を変えれば、自分の身を守る「対処法」ともなるのである。

なにかと病みやすい現代において、「逃げる」ことの優位性はもっと考慮されていいのではないだろうか。
関連記事