2017/11/11

「結婚すること」と「結婚生活を維持すること」は違う

ここ最近、私の周りで「○○さんが結婚した」という話を聞く機会が増えてきた。

わたしは結婚していない。そういう話を聞いてまったく焦りがない、と言えば嘘になるが、さりとて「自分も乗り遅れまい」などと思ったりもしない。

それはまだまだ独身で遊びたいという気持ちがあるからでもあるし、今後自分の仕事がどうなるかもわからない以上、結婚して身を固めるということに抵抗があるからでもある。

でもそれよりも気にしていることがある。それは、「結婚生活を維持する」ことが今の自分にとって重荷だということだ。こういうと「今時の○○は~」論を投げつけられそうだが、事実なのだから仕方がない。

わたしは「結婚すること」と「結婚生活を維持すること」は、まったく別のことだと考えている。結婚したことのない者が、このようなことを言っても説得力に欠けると思うが、これは本やテレビや自分の周囲で聞いた話などから自分で出した結論である。

だいたい、結婚してうまくいかない(うまくいかなかった)人は、この両者を一緒くたにしているように見受けられる。しかし、よく考えてみれば、「結婚する」だけなら、婚姻届を役所に出せば達成できる話で、それを「ずっと続ける(維持する)」のとは次元が違うということくらい、結婚しなくても想像で分かってしまう。

「結婚した」状態を続けるというのは、仕事に行っている間以外は基本的に配偶者とずっといるということだ。だが、「ずっといる」という状態はなかなか辛い。始めのうちはいいのかもしれないが、お互いがお互いをよく知り合ってきた頃から段々、それぞれ「ひとりになりたい」願望がむくむくと出てくるのではないか。

配偶者とはいえ、所詮は「法で規定された人間関係」でしかない。つまり、「他人」でしかないのだ。独身者でもこれだけのことは確実に言えるが、他人とずっと一緒にいるというのはかなり疲れるものだ。よほど「ひとりぼっちは寂しいし嫌だ」と感じる人以外、苦痛でしかない。

こういうと非常に冷淡に聞こえるが、例えばいくら仲が良いとはいえ、ずっとその人といれば、段々一緒にいることがストレスになるはずだ。それは、自分のプライベートがなくなることで精神的に窮屈になるからである。会社という組織が嫌いになりやすい原因のひとつも、結局はここから来ている。

最初にその人のことがどれほど好きだったかというのは関係ない。人間に限らず、どんなに好きなものでも毎日だったり、四六時中だったりでそれとくっついていれば、段々嫌気が差してくる経験は誰にでもあるはずではないか。それと一緒だ。

大方、結婚で失敗するタイプの人は、「結婚すること」と「結婚生活を維持すること」を同じ土俵にのせて考えてしまうから、配偶者とトラブルを起こして行き詰まるのだと思う。

人間関係をうまくさせたいのであれば、しっかりと他人と「距離」をもつことだ。平日から一緒になる時間が多いと思ったら、休日は積極的に個人行動の時間をつくる。逆に、仕事が忙しくて平日はほとんど一緒にいられないのであれば、休日は一緒にいる時間を積極的にもつ。これだけでいい。

そしてもうひとつ、結婚に限らず、人間関係で面倒くさくならないようにする(うまくさせる、ではない。念のため。)コツは、常に「自分と他人は違う」ということを意識することである。上司や部下、先輩や後輩で自分と合わない人がいても「まあ、コイツはこうなんだろうな」くらいの感覚で、それもちょい上から目線のような感覚で、他人を見ていればいい。それが一番楽な人間関係だと思う。

結婚、というものを否定するつもりは毛頭ない。ただ、結婚に何か大きなことを期待するのは間違いだと思うし、そう期待する人もわたしは嫌いだ。そのように期待するから、「結婚とは、結婚することそのもの」ということにしか目がいかず、「結婚生活を維持すること」に想像が及ばず失敗するのだ。

大切なことは、「結婚すること」よりも「結婚生活を維持すること」。そのためには配偶者であろうとも「他人」として見て、しっかりとした「距離」をもつことなのだ。
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