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2011/03/15

整形しても幸せにはなれない ― 『ブスがなくなる日』

ブスがなくなる日 (主婦の友新書)ブスがなくなる日 (主婦の友新書)
(2011/03/05)
山本 桂子

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ここ最近、主婦の友新書の暴れっぷりがスゴイ。ここのブログでも紹介した『文学部がなくなる日』もそうだが、タイトルがだんだん過激になってきている気がする。本書もご多分にもれず、ではないだろうか。

で、下の文章が気になったのでご紹介。
『B.C.ビューティー・コロシアム』のような番組は、「整形しました。変わりました。幸せになりました」と伝えるけれど、現実はそんな簡単なものではない。自分にビジョンのないあなたまかせの整形では、何度手術しても満足は得られない。

また、顔文化研究所の村澤博人氏は、以前、取材でこんなことを話してくれました。「“顔イコールその人”と思われるような見た目社会では、自分で自分の顔をプロデュースしていく能力がこれから求められていくでしょうね。(中略)美容整形というと頭がカラッポな人がやるもののようなイメージがあるけれど、実は自分をしっかり持っていない人にはできないことだと思います」(p174,175)

引用部分の後に、整形して美人になったはいいが、性格は以前と変わらず卑屈なまま(これを性格ブスというらしいが)、こういった「性格が顔に追いつかない」という現象が起きる、という話が出てくる。
再び、Drアンディーの談話です。

「手術をするのはたいして難しいことではないんですよ。問題は、その後です。顔だけ若々しくなっても内面がそれについていかないと、いい結果が得られない。患者さんの本当の目的は“顔を変えること”ではなく、“愛されること”でしょう?だからそれが達せられないと、患者さんの満足にはつながらないんです」(p177)

私なりに総括すると「やっぱり顔よりも中身を変えよう」ということになるだろうか。いきなりこんな当たり前なことを言って締めくくって仕方がないが、結論としてはそうなってしまう。

結果的には性格が大事、ということである。「じゃあ、顔が悪くても、性格が良ければ好きになれる?」などとイジワルな質問をされそうだが、それについては禁則事項なのであえて言わないことにしよう。(自分のことは棚に上げさせていただきます。ごめんなさい)

見た目はいいに越したことはない。これは誰もがそう思うはずだ。「美人は三日で飽きる」なんていう、ごたいそーな諺があるが、あれは真っ赤な嘘である。美人は何日経とうが飽きない。目が癒されるのは厳然たる事実なのだから。(慣れることはあるけどね)

「じゃあ、ブスには未来がないじゃんか」と思う人もいるだろう。が、そうではない。なにかを極めたり、苦手なものを克服したり、読書をして生き方や考え方を変えてみたりと、中身を磨くことはできる。実にありがちで新鮮味なく聞こえるが、それが結局1番確実な方法なのだと思う。それも頑張るなら、稀少価値のあることで頑張ったほうがいいに違いない。

それでも心が満たされなければ、整形という道を選べばいい。しかし私個人、「自分という形」を変える手段は最後に残した方がいいのではないか、と考えている。Drアンディーなる人と同じ意見だが、あくまでも自分の“顔”が変わることによって、それが必ずしも“幸せ”に変わるということにはならないからだ。くどいようだが、結局最後は“中身”になるのだと思う。

そして冷静に考えてみれば、いくら見た目社会がどうだの、イケメンがどうだの、美人がどうだのと騒いだところで、顔の形が何かにものすごい影響を与えることなど、そうそうない。人間の顔なんて芸術作品でもなんでもない。「人に感動を与えられる顔」なんてものもない。そこを勘違いするな、ということだ。



2012.1.7追記:顔や身体のコンプレックスをどう考えるかについて、ある程度参考になりそうな本を見つけたので読書案内↓(個人的には『人はあなたの顔をどう見ているか』のほうが良かったかも)


肉体不平等―ひとはなぜ美しくなりたいのか? (平凡社新書)肉体不平等―ひとはなぜ美しくなりたいのか? (平凡社新書)
(2003/05)
石井 政之

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人はあなたの顔をどう見ているか (ちくまプリマー新書)人はあなたの顔をどう見ているか (ちくまプリマー新書)
(2005/07)
石井 政之

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話は変わるが、中村うさぎさんのエッセイも参考になるのでご紹介。
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