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2011/04/01

大震災と寺田寅彦の予言、そしてその教訓 ― 『科学と科学者のはなし』

科学と科学者のはなし―寺田寅彦エッセイ集 (岩波少年文庫 (510))科学と科学者のはなし―寺田寅彦エッセイ集 (岩波少年文庫 (510))
(2000/06/16)
寺田 寅彦

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明治生まれの物理学者である寺田寅彦(1878-1935)がエッセイ集『科学と科学者のはなし』(池内了編集)の中で、こんなことを言っている。


津浪の恐れのあるのは三陸沿岸だけとは限らない、寛永・安政の場合のように、太平洋沿岸の各地を襲うような大がかりなものが、いつかはまた繰り返されるであろう。その時にはまた、日本の多くの大都市が大規模な地震の活動によって将棋倒しに倒される「非常時」が到来するはずである。それはいつだかわからないが、来ることは来るというだけは確かである。今からその時に備えるのが、何よりも肝要である。(「津浪と人間」の章より p186)


彼がこのエッセイを書いたのは1933年。これは昭和三陸地震(3月3日)が起きた年であった。

実は、寺田がこのエッセイを書いた以前にも、1896年に明治三陸地震(6月15日)が起きており、この地方における2度もの震災を目にした彼は、おそらく次もまたこのような地震が起きるのではないかと警戒していたのだろう。

そして約80年後の2011年3月11日、寺田の予言は現実のものとなった。





もうじき、東北関東大震災が起きてから、一ヶ月が経つ。2011年4月1日現在、死者と行方不明者を合わせて2万人を超えた。原発事故も起き、政府や東京電力の対応に相次いで非難の声が浴びせられている。

今回の震災と寺田寅彦の発言をどう考えるかは人それぞれであるが、私は「備えるべきものはやはり備えなければならない」と考えている。

「今回の地震に対し、何も備えがなかったのがまずかった」と言ってしまうのは非常に簡単なことである。誰でも言えることだ。しかし、誰でも言えることを誰もが実行できるかと言えば、もちろんそんなことはない。過去に同様の地震が起きていたというのは事実だが、80年も経てば、そういった苦い経験は消えてしまいやすい。「事実」は残るが「経験」は残りづらいのである。

亡くなった命はもう帰ってこない。であるならば、生きている我々にできることは何だろうか。それは、残りづらく消えてしまいやすい「経験」を次の世代に、何としてでも伝えることではないか。

寺田は先のエッセイで、このように続けている。


しかし、昆虫はおそらく明日に関する知識はもっていないであろうと思われるのに、人間の科学は人間に未来の知識を授ける。この点はたしかに人間と寒中とでちがうようである。それで日本国民のこれら災害に関する科学知識の水準をずっと高めることができれば、その時にはじめて天災の予防が可能になるであろうと思われる。この水準を高めるには何よりもまず、普通教育で、もっと立ち入った地震津浪の知識を授ける必要がある。(中略)それで日本のような、世界的に有名な地震国の小学校では、少なくとも毎年一回ずつ、一時間や二時間くらい地震津浪に関する特別講演があっても決して不思議はないであろうと思われる。(p187)


「経験」は経験した人間でない限り、それを持ち続けるというのが難しい。経験していない者にいくら「経験」を伝えても、どこまでそれが伝えられるかは考えモノである。

そこで、その「経験」を「知識」に変えられはしないか、と考えてみる。

「震度」「マグニチュード」などの用語、プレートの位置や運動の仕組みはもちろん、原発や放射能、そこから生じる元素などの知識は、日本に住む以上、必須と言える。寺田の言うように、学校教育の段階で地震(そして原発)に関する最低限の基礎知識は教えた方が良い。

そして最近のニュースを見ていてもそう感じる。

たとえば、セシウムやヨウ素、デシベルといった用語をよく耳にする。テレビや新聞では、そういった言葉の意味を専門家が教えてくれるが、一体どれだけの人が、そういった解説を理解できているのだろうか。少なくとも私は、そのような解説からは、漠然としたイメージしか得られず、聞いていてもなかなかついていけない。

人間、よく知らないものについては考えることができない。それはただただ「信じる」ということにつながる。「風評」はその産物であり、近頃はそのせいで、生活や仕事において不当な扱いを受ける人たちまで出てきてしまった。

こういった現実を見ると、無知がいかに怖いか、私は感じてならない。知らなくてもいいでは済まされない。最初から知っておく必要があるのだ。何か起きてからそれについて知ろう・調べようでは遅いということである。

この、「知っておく」(=知識として自分の中に取り込んでおく)ことについて、作家の森博嗣は著書『自分探しと楽しさについて』の中でこう述べている。


昔の若者は、自分を高めるためのアイテムとして、自分の中に取り入れる情報量を重視した。最も簡単なのは「知識」である。自分が好きなジャンルに関して「物知り」になることで、自分を確立しようとした。

(中略)

僕が観察する範囲では、最近の若者は少し違っている。自分の好きなジャンルにおいても、それほど情報を集めようとはしない。「技」についても、人にきいたり、ネットで調べたりはするものの、鍛錬や試行錯誤によって習得するまでには至らない。

おそらく、彼らの目の前に存在する情報が多すぎるからであろう。人間の歴史において、これほど情報が手軽に取り入れられる時代はなかったわけで、情報を自分の中にわざわざ取り込まなくても、そういうものは外部に存在すればいつでも利用できる。(中略)彼らが問題にするのは、記憶容量ではなく、通信速度なのだ。(p37-38)


彼は、「昔の若者」と「最近の若者」、そして“好きなジャンルに関して”ということを前提に話を進めているが、私はその前提を崩しても、知識や情報に対する考え方や接し方の違いは「昔」と「最近」とでは顕著であると思っている。

すぐに知ることのできる時代というのは、すぐに知ろうとしなくなる時代であり、いずれは「知らなくてもいい」という考えに落ち着く。そして終いには知らないままでいられるようになるのだ。一見矛盾しているようだが、自分を含めた周囲を観察してみればよく分かる。便利になればなるほど、人は何もしなくなるのであり、何かするとなるとそれが面倒臭く感じられ、結果的に不便に感じるというのと似ている。

つまり、何でも知ることのできる時代になったからこそ、無理にでも知っておくよう、気持ちを仕向けた方がいいのだ。地震や津波、原発や放射能、被爆といった情報は政府や東電がテレビやネットを通じて教えてくれるから、という態度ではなく、自分から知りに行く必要がある。

今度の震災は、我々人間に何を教えたであろうか。自然災害の脅威、命の尊さ、ライフライン・生活必需品の大切さ ― それはもちろんのことだ。しかし、そこに加えなければならないものというのが、それが直接は目に見えない形であっても、確かに存在する。そしてそれを後世に伝えることこそ、生き残った人間への使命なのだと思う。
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