2011/04/03

「やかましい」どころか超ウザイ ― 『「お客様」がやかましい』

「お客様」がやかましい (ちくまプリマー新書)「お客様」がやかましい (ちくまプリマー新書)
(2010/02/10)
森 真一

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私は「“お客様”としてもてなされる」のが嫌いである。


以前、某メガネ店(チェーン店)でメガネを購入した時の話。その店では、メガネを買った客に対し、店員が「店の出口まで(メガネを)お持ちいたします」と言って、メガネをいれた紙袋を持ちながら客と一緒に出口まで歩き、そこで商品をわたし、最後に大きな声で「ありがとうございました!」と、笑顔で見送るのだ。


某紳士服店(チェーン店)でスーツ一着を買った時も似たような対応をされた。


どうもムズ痒くてしょうがない。なぜ、たかがメガネ一つ、スーツ一着で、そこまでもてなせるのだろうか。べつにウン十万もするような高級なものを買ったわけでもないのに。


ふつうにレジの所で商品をわたし、「ありがとうございました」の一言だけあればそれでいいと思うのだが、どうやらそういう対応だけではダメなようだ。


そんな対応ばかりしてたら、いつかそれが当たり前になって、客はさらにそれ以上の対応を望むようになるんじゃないかなーと、思っていたところ、この『「お客様」がやかましい』という本を見つけた。で、書いてあることの9割以上は賛成できる内容&自分が思っていたことだったので、まさに「我が意を得たり」の心地である。


純粋に商品の魅力だけで他店と勝負できなくなっているんだなあと感じる。だから結局、そこに「店員」が介在してくるのだろう。ひと昔前のような、いわゆる職人肌の「がんこ親父」が、客に対して無愛想ながらも、心から納得させるだけのモノ(それが食べ物でも身につける物でも)をつくる、という風土がなくなりつつあるのかもしれない。商売する人の関心は、「物」から「客」に移ってしまったということだろうか。


学校の先生も大変だ。モンスターペアレントが来るわ、生徒は言う事聞かないわ、叱ったら叱ったでクレームが来るわ。これも過剰なまでの好待遇が、社会に浸透しているからだと筆者は言う。前に『一億総うつ社会』という本を取り上げたが、その本の著者は「親の強い自己愛が我が子に移ったから」と解説していた。どっちの意見も合っていると思う。


その内、「土下座でおもてなし&お見送り」なんてのも始まるかもしれない。いや、この勢いなら、その可能性もなくはないだろう。そうなったらホントにシャレにならんよ、このクニは。


もうさ、「モノだけで勝負する!」みたいな、そういう土壌を一から作り直した方がいいんじゃなかろうか。アップルの「顧客の言うことなんか聞かない!」精神はもっと評価されるべき。
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