2011/04/17

人の目を気にしないために ― ブログが続かない理由

ブログを始めてから3ヶ月が過ぎた。過去に2度、「書評」をテーマにブログを始めたが、どちらも長続きせず、あっさりと削除してしまった。

理由は単純だった。人の目を気にしていたからである。もっと言うと、ブログをやって「人気者」になろうと考えていたからだ。

過去の僕も含めて、ブログを始める人というのは、明確に何か書きたいテーマがあるから始めるというよりも、どこか「多くの人に注目されたい」「人気者になりたい」という気持から始める人の方が多い気がする。

しかし、そういう人はいずれブログをやめるだろう。人気取りのために、記事を書く。それが毎日だったり、1日置きだったりと、執筆ペースは色々かもしれないが、とにかくたくさん記事を書く。そして常にアクセス数を気にし、それを見ては一喜一憂する。最終的には、こんなことをしている自分に虚しさを覚える。

有名なブロガーは、もはや一定の評価があるため、あまりそういうことを気にしないのかもしれないが、少なくとも始めて間もない人は、こういった状態に陥りやすい。

この「ブログの罠」とでも言うべきものは、かなり厄介である。というのも本来、書くことや書き上げるまでのプロセスを楽しむためにブログを始めたはずなのに、いつの間にか、アクセス数の増加を楽しむことが目的になってしまっているからである。

もちろん、アクセス数が増えること自体、いけないことではない。素直に嬉しいことだ。しかし、アクセス数の増加を期待することは、他者に「私のブログを見に来て欲しい」という期待に他ならない。そしてその期待の裏には、「私のブログはこんなにも面白いのだから」「これこれこういった価値があるのだから」という自惚れと、自分のブログに対する過大評価が(大なり小なり)潜んでいる。

これは僕自身の中で観察されたことだが、おそらく他の人にも当てはまるのではないかと思う。これからブログを始めようとしている人、始めて間もない人は、よく注意した方がいいだろう。

文章というのは人に見せるためだけに書くのではない。それは媒体が紙であろうと、ウェブであろうと同じである。少なくとも趣味で書く文章についてはそう言える。

趣味で文章を書くのなら、書くことそのものや、書き上げるまでのプロセスを大いに楽しみたいものだ。創作活動(日曜大工でも料理でもプログラミングでも)の醍醐味は、そういった、作品作りそのものであり、作品が出来上がるまでの「過程」にある。決して、人を気にすることではないし、出来上がった物を他人に見せて良い評価をもらうことでもない。

他者を気にしていたら自由にやれないし、第一全く面白くない。いつか虚しく感じる日が来るのは目に見えている。時には「誰のためにやっているのか?」と自問自答することも、趣味であれ必要かもしれない。
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