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2011/10/30

「目玉焼き」もメタファー ― 『メタファー思考』


メタファ-思考 (講談社現代新書)メタファ-思考 (講談社現代新書)
(1995/04/17)
瀬戸 賢一

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レトリックと人生』という本がある。

ジョージ・レイコフというアメリカの言語学者が書いた本なのだが、中身は「隠喩」(メタファー)についての研究報告だ。

隠喩というと、主に小説や詩といった文学の世界で使われているイメージを抱くかもしれない。しかしながら、実は日常生活における言語表現のレベルで観察しても、ごく普通に用いられていることに気がつく。

たとえば、「戦争メタファー」という概念。

「彼は彼女を徹底的に論破した」の「破」
「彼は討論で誰にも負けたことがない」の「負け」
「彼は相手に反論されて守りに入っている」の「守り」

これらは、みな「メタファー」なのだとレイコフは指摘する。確かにその通りで、戦争の話でもないのに「攻防」や「勝敗」に関する言葉が使われている。これは議論や討論を「戦争」という構図で我々の頭が捉えているがために、おのずとそこから生まれる言葉も、「戦争」に関係するものになるのだ。

他にも、「建築メタファー」や「導管メタファー」、「旅メタファー」など色々あるのだが、本書『メタファー思考』では、著者の瀬戸賢一氏がさらに深くメタファーを掘り下げて解説している。

瀬戸氏も述べているように、「目玉焼き」や「メロンパン」という言葉も実はメタファーである。実際に「目玉」を焼いたわけではないし、「メロン」がパンの中に入っているわけでも、「メロン」の形(球体)をしているわけでもない。先ほどの「戦争メタファー」もそうだが、要するにメタファーとは、何かを見立てることによって生まれた言葉全般を指すのだ。

哲学者ニーチェはその昔、「すべて言葉はメタファーなのだ」とまで言ったが、あながちウソでもない。何かを何かに見立てたり、たとえたりするという行為は、人間の基本的な活動なのである。
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