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2012/01/04

たのしい、たのしい、わるぐち読書読本 ― 『本は10冊同時に読め!』


本は10冊同時に読め!―本を読まない人はサルである!生き方に差がつく「超並列」読書術 (知的生きかた文庫)本は10冊同時に読め!―本を読まない人はサルである!生き方に差がつく「超並列」読書術 (知的生きかた文庫)
(2008/01/21)
成毛 眞

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この本、賛否両論がかなり激しく、絶賛する人と徹底的に非難する人で分かれている。個人的にはそんなことに一喜一憂するよりも、読了後にAmazonのレビューを読んで、他人と読書後の感想を共有するほうが楽しいのだが。

じつは私がたくさん本を読むようになったきっかけ、そしてこの「しょひょーブログ」を始めるようになったきっかけは、この本が与えてくれた。著者は成毛眞氏で、最近はいろいろと本を出している(『日本人の9割に英語はいらない』や『大人げない大人になれ!』など)。

簡単に内容の方を紹介しておくと、「いろんなジャンルの本を何冊も(別に3冊や5冊でもいいのだが)“同時に”読もう。そうすることで、脳が多方向から刺激され、仕事上でのアイデアや生き方、人生の楽しみ方をいままで以上に得られるようになる」というもの。「同時に」と書いたが、これはたとえば◯◯の本は電車の中で、××の本は寝室で、□□の本はリビングで読む、という意味だ。場所によって読む本を変えれば読書に飽きは来ないというわけである。

本書を初めて読み、そんな読書の仕方があるのかと驚いた当時は、成毛氏のやりかたを参考にしながらありとあらゆる本を、色々なところで読んだ。いまでは自分なりの「読書方法」みたいなものができて、彼の読書術とはかなり違うものになったが、「本を読むこと」に対する考え方は同じだ。

氏の物言いや口調はかなり手厳しい。表紙にもあるとおり、「本を読まない人はサルである!」なんて書いてある。本文でも「本読まぬ者」=「庶民」と独自の「定義」をつくり出し、徹底的に批判する。おそらくこの書き方が、否定論者たちの気に食わぬ点なのだろう。

だが、こういった主張はやはり必要である。というのも、結局、いくら優等生のような文句をならべたところで、なにも変わらない(読書してみるかという気持ちは起こらない)からだ。


「本を読むことは生きる上での糧になります」
「読書は人生を豊かにします」
「情緒や思考力は読むことによって養われます」


「うん、そうだね、そのとおりだよ。だから?」――このぐらいの感想しか残らないのではないか(ちなみに、この手の主張は齋藤孝に多いと思う)。

個人的な話になるが、私は毒舌のある人が好きだ。昔、代ゼミのサテライトの授業を受けていた頃、富田一彦というトンデモナイ毒舌英語教師にお世話になっていた。彼はひたすら生徒(とくに浪人生)を「バカ」にする。「ここで文型が終わったと思ったあなた。終わったのは文型ではなく、あなたの人生です」とか、「この“crazy”を“イカれている”と訳した人。イカれているのは、あなたのおつむです」とか。

しかし、言い方がおもしろくて、授業をしっかり受けるのはもちろん、毒舌を「しっかり」聞くのもまた私にとっては「大事」だった。

毒舌は、言う側にも聞く側にもかなりの「力」が必要になる。言う側には、言うに足るだけのバックグラウンド(地位や実力や実績など)がないと説得力は皆無。聞く側もその辛辣な毒を真に受けず、ある種のジョークとして、またその言葉の真意はなにか、ということを理解できないとまずい。

「成毛の場合は毒舌じゃなくて、単なる嫌味であり非難だ」なんてご立腹の方もいるだろう。だが、その「嫌味」や「非難」を、文字通り「嫌味」や「非難」として受け取ってしまうから、なにも得られないのである。読んでクスクス笑えるぐらいでないとダメではないか。

批判的な本が嫌いな人、毒舌やユーモアがわからない人。こういう人には、本書をオススメしない。おそらく以前にまして、心臓を悪くするか読書嫌いになるかの、どちらかだからだ。
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