2012/01/05

「生き方なんて人それぞれ」論のウソ ― 『愛という病』


愛という病 (新潮文庫)愛という病 (新潮文庫)
(2010/11)
中村 うさぎ

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中村うさぎさんの名は知っていたが、著作は読んだことがない。だから本書が私にとって初めての彼女の作品である。

まず、著者近影で驚いた。かなりの美熟女である(これは後に整形後の写真だと知ってガックリきたのだが)。しかも私と同じ英文学科出身。なんだか親近感が湧いてくる。

本書は小説ではなく、うさぎさんの身近で起きたことをもとにしたエッセイである。内容は、現代女性の生き方についての考察と、彼女独自の男性論だ。シモネタ・エロ話が多いのだが、ひとつひとつの出来事に対する分析が深くて非常におもしろい(こういう風にモノを見られる/書ける人は本当に羨ましい)。

たとえば、『メイドカフェで働く「自意識」』という章。

こちらからは一切働きかけず、ボディタッチや色恋サービスもなく、ただただ相手が勝手に性的ファンタジーを逞しくして(「萌え~」というヤツね)、まるでアイドルのようにチヤホヤしてくれる……その図式は、ひと頃流行った「ネットアイドル」に近いものがある。そう、現在のメイドカフェで働く女の子たちの自意識は、ネットアイドルのそれと、根っこのところは同じであろう。注目を浴びる快感、コップの中のアイドル気分。(中略)いたって平凡に近い女の子たちが簡単にプチアイドル気分を味わえる、(中略)「自分が凡庸であることに傷つかずにすむ聖地」なのよ、ここは。
(p27-28)

私も数年ほど前に、アキバのメイド喫茶に足を踏み入れたことがある。ネコミミをつけながら、お茶とケーキを運ぶ若い女の子の姿を見てふと、「なんかこれって、形を変えた風俗店なんじゃないか?」と感じた(こういうモノが好きな方たちには失礼だが)。うさぎさんも、どうやら私と同じことを思ったらしく、本章でメイドカフェを「幾重にもオブラート(レースやフリルや眼鏡といったアイテムがオブラートの役割を果たす)に包まれたキャバクラ」と表現している。

「多くの人に注目されていたい心理」というのは、女の子に特有のものかもしれない。なぜかと言えば、やはり「不安」なのだろう。誰かとつながっていないと孤独を感じやすく、精神的にも肉体的にも「守ってほしい」という願望が若い女性たちにはよく見られると思う(このことについては、うさぎさんも『「守ってもらいたい」願望』という章で語っている)。

しかし、だからこそ、彼女は「全面的に男へ頼るような女にはなるな」と本書を通して力説する。幼い頃に憧れたプリンセス・ストーリーだけを「女における最高の生き方」とするのではなく(このことについては以前、私もブログで述べた)、「自分の頭で考えて生きてみようよ」と呼びかける。それは、うさぎさん自身がこの本を書く(男女の相違や女性の生き方を分析してみせる)ことで証明していると言えよう。思うに、高邁なフェミニズム理論やジェンダー論よりも、彼女の言うことのほうが何百倍も説得力があるのではないか。

身辺雑記エッセイなどは、まさに「人を変える意識」だけの文章だとも言える。人を変えると書くと、攻撃的でエキセントリックなイメージを持つかもしれないが、革命を唱える政治理論よりも、日常生活エッセイのほうがよほど人を変える意識に満ちている。
(堀井憲一郎『いますぐ書け、の文章法』p55)

いや、もっとハッとさせられるのは、実のところ我々男性側かもしれない。というのも、うさぎさんの男性に対する皮肉がかなり強烈だからだ(上野千鶴子のようなフェミニストではないと思うが)。その痛快さは、本書を読んでのお楽しみということにしよう。

よく、「生き方なんて人それぞれだ」と言われる。しかしながら、それはあまりにも無責任な物言いだ。生き方の多様性を認めているように見せかけつつも、結局のところ「お前がどう生きようと俺には関係ないし、勝手にすればいい」と言っているのと変わりないからである。

うさぎさんはこれを全力で否定する。赤の他人とはいえ、彼女の読者であれば「私はこう生きるよ」と強く主張する。なにもかも、常に自分をさらけ出しまくるのだ。その姿勢に、「生き方なんて自由だ」などという「エセ人生論」語りは、皆目見当たらない。
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