2012/01/08

「砂漠肌」も「メロンパン」も、みんなメタファー ― 『レトリックと人生』

レトリックと人生レトリックと人生
(1986/02)
ジョージ・レイコフ、マーク・ジョンソン 他

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メタファー(隠喩)というと、「詩や小説といった文学作品の中だけにある表現技法だ」と思うかもしれない。

しかし、実は日常生活においても、メタファーは多分に使われているのだ。たとえば、次のようなもの。

①彼は、彼女を論した。
②彼女は、自分の意見の正当性を守ろうとした。
③わたしは交渉中、攻撃の的になった。

「戦争」についての話などしていないのに、なぜ「破る」や「守る」や「攻撃」のような言葉が出てくるのか。本書の著者であるジョージ・レイコフによると、これはわれわれ人間が、「議論」という行為を「戦争」に見立てているからだと指摘する。

「戦争」には勝ち負けや引き分けがあり、たがいに相手を攻めたり、自軍を守ったりする。「議論」もそれに似ている。相手の意見を攻撃(反論)したり、自分の言い分を守ったりしていくなかで、最終的には勝敗(決着)がつく。そういった構図が、①や②や③のような表現を生む理由なのだ。

もちろん、メタファーはこれだけに留まらない。新聞の折込チラシやネット広告、ポスター、マンガ、学術論文など、色々なタイプの文章からメタファーを発見できる。たとえば、ちまたに溢れる美容品広告を覗いてみると、レイコフの言う「戦争メタファー」が大量に見つかる。

①シミ、くすみ、黒ずみを一気に攻撃
②紫外線からお肌をバリアする効果
③ニキビを防いで、肌の美しさをキープ!

つまり、われわれは普段から無意識にこういったメタファーを使って生活しているのだ。そこで、わたしもこの「メタファー探しの旅」に参加してみると、色々見つかった。

砂漠肌になりがちなこの季節
②応用問題が解けるようになるためには、基礎が肝心だ
③今日のおやつは、メロンパンだった
④一日の疲れをリセットしよう!
⑤政治の動きを注視する

①の解説は不要だろう。

②の「基礎」はもともと建築用語であるが、それが転じて「ものごとの土台」(ちなみにこの「土台」もメタファーである)を意味するようになった。

③の「メロンパン」だが、文字通り“メロンをパンにした”わけではない。メロンパンは、あくまでも「パン」を「メロン」という果物に見立ててつくった食べ物だからだ。

④の「リセット」は、元をたどれば機械などに使われる言葉だったが、人の体を「機械」にたとえることで、このような言い方がされるようになった。

⑤「政治」は「生き物」ではない。そのため「動く」こともない。にもかかわらず、「動き」が使われているのは、「政治」が日々「変化」するからである。その「変化」を「動き」という「動作のメタファー」で表している。



こんなふうに言葉を観察していくと、ありとあらゆる現象や状態は、メタファーなしに言い表すことはできないと気がつく。

このことにピンと来たジョージ・レイコフは、人間の認知活動を「メタファー」の観点から説明する。何かを言葉で伝えようとするとき、その現象や状態を何か別の具体的なもの(人が知覚できるもの)で伝えようとする。

また、それは、その国の文化や伝統、社会制度や思想、また人間自身の体験などに深く根ざしており、その集積がこのように「メタファー」という形で表に出てくるのだ(たとえば、「時は金なり」ということわざはメタファーであるが、そもそもこういった「時間はお金と同じくらい大切だ」という価値観は、産業発展に心血を注いできた国に多く見られるものである)。



余談だが、この本がきっかけで今からおよそ20年前に「認知言語学」という新分野が開拓された。それまでメタファーは、アリストテレス以来、レトリック(文彩)のひとつと見なされてきたため、言語学の視界外に位置していたのだが、レイコフと本書のもう一人の著者であるマーク・ジョンソンが、メタファーを人の認知機能と結びつけた。今では「認知言語学なしに言語学は成り立たない」と言われるまでに主要・主流の分野へと成長している。

個人的に思うことだが、認知言語学は数ある言語学の分野の中で、最もとっつきやすいものの一つと言える(だからといって、難しい理論や用語はまったく出てこないというわけではないが)。この本が他の言語学の専門書と比べてかなり読みやすいというのも一つの理由だが、なんといってもメタファーそのものが、色々なところで非常に見つけやすいからだ。

最後に読書案内として、以前ここでも紹介した、瀬戸賢一氏の『メタファー思考』(講談社現代新書)や、最近のもので、今井むつみ氏の『ことばと思考』(岩波新書)を紹介しておこう。今井氏のほうは、認知心理学の観点から言葉を観察しているところが本書とは異なるが、「ことばと思考」がどれほど密接な関係にあるかがよくわかると思う。
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