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2012/01/24

文学部の存在意義(大学で学ぶことの意義)

グーグルで「文学部 存在意義」と入力すると、検索候補にその組み合わせが出てくる。これが「法学部 存在意義」や「経済学部 存在意義」と入力しても、検索候補は出てこない。

悪く言えば、「文学部に、社会的価値などないのではないか」という暗示である。良く言えば、他学部よりも興味が持たれやすいのかもしれない。

なぜかは分からないが、この手の「存在意義論」は、必ずと言っていいほど「大学で学ぶもの=社会で役に立た“なければならない”もの」という前提から始まる。そのため、おそらく、その前提に達していないであろう(とされている)文学部は、「存在意義なし」の烙印が押されてしまうのだろう。そうだとすれば、ある意味、仕方がないかもしれない。

だが、前提がそもそも間違ってはいないだろうか。なぜ、「大学で学ぶもの=社会で役に立た“なければならない”もの」から始まるのか。

学問とは、物事の「しくみ」を探ることだ。法学部なら、憲法や法律の「しくみ」を探る。経済学部なら、経済の「しくみ」を探る。ざっくり言えば、こうなるだろう。

文学部は、人間と言葉の「しくみ」を探る場所である。どのように探るかと言えば、それは書籍(文学作品や思想書など)や、その他の言語テクスト媒体(映像や広告などに表れる言葉)を通して探るのだ。そして、あくまでも「探る」ことが大切なのであって、必ずしも「真実」を発見することだけが重要なのではない。

法律であれ、経済であれ、人文学であれ、「しくみ」を探ること自体、それが直接的に社会で役立つことはない。もし役立たせたければ、「探る」のではなく、「使う」べきである。「どういうしくみになっているのか?」を調べ続けるよりも、現時点で正しいとされる、既に判明した「しくみ」を使って、金を稼げば良い。そのもっとも手軽な方法の1つが、「本を書いて売ること」である。

基本的に、大学は後者(「使う」こと)について、あまり興味がない。あるのは前者(「探る」こと)である。もしも金を稼ぐことに興味があるのなら、大学など今すぐ辞めて、その「しくみ」を元手に商売を始めるべきだろう。

とはいっても、実は「しくみ」を探ることも、間接的には社会で大いに役立つ。それは大学の先生だけに当てはまる話ではない。社会人全員にあてはまる話である。

より正確に言うと、しくみの「探り方」(方法)が役立つ、ということだ。仕事上で何か問題が発生した時、その原因は何か、解決の糸口は何かを分析する際、大学で学んだ「探り方」(調査方法や思考方法)は大いに役立つだろう。

大学時代にどの学部にいたかは、あまり重要ではないと思う。大切なのはしくみの「探り方」(「探る」対象は何でも良い)を学んだかどうかではないだろうか。




追記:人文学(英:Humanities)を大学で専攻する意義については、海外でも疑問を持つ人がいる。以下、それに関する面白い記事を挙げておく(リンク先は英語)。

What Can I Do With A Humanities Degree?
The Value of a Humanities Degree: Six Students' Views
“humanities value”での検索結果(グーグル)
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