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2012/02/11

脱・情弱のための教科書 ― 『データはウソをつく』

データはウソをつく―科学的な社会調査の方法 (ちくまプリマー新書)データはウソをつく―科学的な社会調査の方法 (ちくまプリマー新書)
(2007/05)
谷岡 一郎

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テレビ番組などで宝くじのことを取り上げると、必ずと言っていいほど出てくるのが、「この店から一等賞が出ました!」店を大々的に取材するシーン。

一等賞でなくても、たとえば二等賞が◯本とか、三等賞が△本とか、「ここで宝くじを買った人の受賞歴」を店の前に看板として出している光景もよく見かける。

あれらを見るたびに、「だからなんなのよ?」とわたしは疑問を抱く。実際、こんな宣伝でくじを買おうとする人などいるのだろうか。過去に◯等賞が何本出ようが、その店で買って当たる確率が高まる保証など、どこにもないではないか。

本書はそういった問いにきちんと回答している。あたり前だが、そんな保証などまったくない。

著者・谷岡一郎の筆舌は手厳しい。この世の中に出回っている「社会調査」や「検証結果」なるものは、その多くが「ゴミクズ」であるという。

ほとんどのものは、マスコミ各社がきちんとした方法論に従って「調査」した結果ではない。明らかに、ある一定の方向へ考え方をもっていこうとした、誘導的なものばかり――そう言い切っている。

昔、「発掘!あるある大事典」という番組があった。そこで「納豆ダイエット」を特集した回があり、放送後、大量に納豆が売れたそうだが、後に捏造だったことがわかり、それ以降打ち切りとなった。

これなどまさに「良い」例だろう。「検証結果」はつまるところ、「ゴミクズ」だったのだ。しかし、マスコミが往々にしてこの手のウッサンくさい内容を「調査」に仕立てあげたりするのは、それ以前からあったろうし、いまさら非難しても仕方ない。むしろ非難されるべきは、納豆を買いに走った人間たちの方だったと思う。

しかし、「人のふり見て我がふり直せ」とはよく言ったもので、実のところ、だれでも情弱(じょうじゃく/情報弱者の略)になる可能性は大きいと、本書を読んで感じた。

たとえば、本書p60-61に出ている図やグラフ(都合上、掲載はできないが)には、誘導者側の「カラクリ」を知っておかないと、普段から「社会調査」に対してそれなりに身構えている人でも、簡単にダマされてしまうと思う。

「敵ながらあっぱれ」とは、こういうことを言うのだろうか。このやり口には、いささか「感動」してしまった。感心できたものではないが、本書の内容を逆用して、自分がダマす側に回ることもできそうである(笑)。

実際のところ、多かれ少なかれ、企業の商品宣伝にはこういった手法が存在しているのは確かだろう。言い方はヒジョーに悪いが、ビジネスはいかにして合法的に人を“ダマす”――客を自分たちの戦略にうまく乗せる――か、という側面も見られると思う。この点は、谷岡も本書で同じことを述べている。

新書がベスト』の著者・小飼弾は言う。

私も専業ライターだったら、血液型の本を書いて楽に儲けようとしたかもしれませんね。「だまされるヤツが悪い」とうそぶいて。(『新書がベスト』p63)

だますヤツも悪いが、それよりも「だまされるヤツ(の方)が(もっと)悪い」――このリクツは、実のところ、情弱にとってものすごく親切な言葉である。というのも、こうでも言わないと情弱は一生、情弱として搾取される運命にあるからだ。「ダマされないために勉強しよう」という、形を変えた良心的な誘いである。

ただし、「脱・情弱」への道のりは、かなり険しそうだ。「情弱度」を低くするためには、日頃から「天邪鬼(あまのじゃく)」ならぬ「常邪鬼(じょうじゃく)」になっていなければ難しい。

そう。「じょうじゃく」になりたくないなら、「じょうじゃく」になれ、ということだ(ひらがなにすると矛盾する不思議)。
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