2012/04/26

言葉の罠・論理的の罠 ― 『禅と日本文化』


禅と日本文化 (岩波新書)禅と日本文化 (岩波新書)
(1940/09)
鈴木 大拙

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「論理的に◯◯」は、最近よく見かける表現だ。

「論理的に考えよう」「論理的に説明しなさい」など、学校や仕事の場では、とにかく「論理的」であることが最重要視される。確かに「論理的」であることは、人と人とがコミュニケーションを取る上での大きな助けになるだろう。また、何かを説明する際、説得力をもたせるためには、必要不可欠だ。

しかし、「論理的であること」が、いつでもどこでも「すばらしいもの」であるとは限らない。目には見えず、「論理的」でなくとも、確かにそこに「存在するもの」もある。たとえば「職人芸」などと言われる「技」が、それに当たる。こういった技術は、言葉だけで相手に理解させることはできない。自分が実際にそれをやってみないとわからないものであり、伝わらないものである。

著者・鈴木大拙は、「言葉(だけに頼ること)に対する大きな信頼感」や「論理的に説明できるものばかり信奉すること」に対して警鐘を鳴らす。「禅」は、そういった「言語・論理至上主義」的な態度を真っ向から否定する。概念ばかり当てにするのではなく、自分で実際に取り組んでみよ(経験せよ)、ということだ。

近頃、書店で「◯◯する方法」や「××ができるようになる本」といったものをよく目にする。もちろん読んでその通りにできることもあるだろう。しかし、中には「言葉」や「論理」による説明だけでは、うまくいかないこと(対人関係など)でさえ、マニュアル的に「◯◯するとうまくいく」と述べる本もある。

そのようなハウツー本が多い昨今、大拙の論(禅の教え)は、「言葉や論理的なものだけ重視してると危ないよ」と唱える点で、非常に新鮮だ。

失敗してもいいから、実際にやってみる――私も最近、このこと(「とりあえずやってみよう精神」とでも言おうか)に大切さを感じている。

本書は禅と日本文化(俳句、儒教、武士道など)との関係を説明したものだが、どの章にも、この考えが通底している。1940年刊行の作品だが、当時の思想書としてはかなり読みやすい。禅入門にはおすすめである。
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